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入江弥彦さん

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ネジマキ式の音鳴りさん

17/06/16 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:6件 入江弥彦 閲覧数:539

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 狭い部屋で俺がでたらめにギターをかき鳴らしていると、右側の壁からドンっと大きな音が聞こえた。相手に見えるはずもないのだが心底面倒くさいというようにあくびをしてから、鏡の前で寝癖を整える。弁当の空き箱でパンパンになったゴミ袋が鏡の下半分をふさいでいた。
 ギターを持って部屋を出ると、ドアの前に先ほどの物音の犯人が立っていた。
 俺はパジャマ代わりにしているスウェットの裾を引きずりながら、これまた心底面倒くさいと言うように、何か用と呟く。
 すると彼女は決まってこう言うのだ。
「オトナリサン、さっきの歌を私にも聞かせてよ」





 僕がミュージシャンになりたいと言うと、同級生たちは笑い、先生は真顔になって、次の日から僕の席は無くなった。
 私が趣味は音楽だというと、面接官は眉をひそめてしまい第一志望の会社には受からなかった。
 俺がギターを弾いている姿を見た彼女は泣き崩れ、婚約は無くなった。親は彼女に何度も頭を下げ、教育が悪かったと嘆き悲しんでいた。もちろんそれから会っていない。
 それでも俺は、この古臭いギターを手放すことができなかった。
 彼女の後ろに続いて、人気のない道路を進む。薄くなったサンダルがペタペタとリズムを刻み、上空を走る車から聞こえてくる機械の稼働音がメロディーを奏でているように聞こえた。
 俺のそれとは違うコツコツとしたリズミカルなヒールの音に気分がよくなって、ギターを持つ手に力が入る。ケースなんてものは、ギターと違って年季に耐えられずに朽ちてしまっていた。
 彼女とこうして出かけるのは、週に一度の時もあれば、半年に一度の事もある。この関係が出来上がってもう数年になるのに、未だにお互いの名前を知らなかった。
 知っているのは、俺も彼女も、現代にはじかれているということだけ。それから、たぶん、歳は同じくらいだ。あと、そうだな。彼女も俺も、アンドロイドではなく人間だ。
 いらなくなった金属が積まれた浜辺に到着すると、彼女はいつもありがとうとはにかんで、何かの部品の上に腰かけた。
「お前も物好きだな」
 そう言ってから、俺も彼女の隣に座る。
 しばしの沈黙の後、彼女がカバンの中から小さな猿のぬいぐるみを取り出した。両手に金属のような板を持っており、背中に二か所に穴が開いた金属の羽のようなものががはえている。
「なんだ、それ」
「これね、リズムを刻んでくれるの」
「リズムを?」
「そう。見てて」
 手のひらサイズの猿をもって、彼女がねじをくるくると回した。きいぃ、きいぃと聞いたことのない音がする。俺が興味深そうにその猿を見ていると、彼女がよく聞いてねと言って猿をその場に置いた。
 猿は突然、狂ったように両手を動かし始め、それによって二枚の金属がシャンシャンと小気味のいい音を立てた。最初は早く、次第にゆっくりになっていくそれが、どうしようもなく俺の心を揺らした。
「すごい、何で動いてるんだっ?」
 興奮を抑えられずに再度聞くと彼女は、不健康な程白くて細い指で再度羽のようなものを回した。
「ねじまきっていうのよ。このお猿さんの中に、部品が入っていて、これ、ねじっていうんだけど、ねじと連動して動くんだよ」
 彼女が手を放すと、猿はまた、シャンシャンとリズムを刻み始める。
「すごく昔の技術なんだって。こんなもので音を楽しんでいた時代があったなんて、信じられないね」
 寂しそうな、切なそうな表情をした彼女に何と声をかければいいか悩んでいると、どこからともなく放送が聞こえてきた。
 ぎぃいんというただの機械の音を何十にも重ねたもの。誰も興味を持たない、名ばかりの最新ヒットチャート。
 猿を手に取ってねじを回せば、その音を壊すようにリズムを刻んでくれた。
 ねじ一つで動かせる、温かい音。
 複雑な機械音が重なる、冷たい音。
 あの頃の僕が、あの時の私が、今の俺が望んでいるのは、そして彼女が求めているのは。
「いいか? 一回しか弾かないからな」
 ギターを構えて、でたらめなメロディーを奏でる。専門知識も技術もない。それから弦も二本切れてる。替える弦はない。メンテナンスなんて誰も出来ない。チューニングなんて知らない。正攻法なんて分からない。ねじまき式の猿が鳴らすリズムは段々狂っていく。
 俺が放送を遮るように叫びながら歌えば、彼女は涙目で笑った。


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このストーリーに関するコメント

17/06/17 クナリ

世界設定がストーリーの中で明らかになっていく中、現代の我々から見ればそこまで型破りではないはずの、主人公二人のキャラクタも掘り下げられていく構成がお見事です。
音楽とはなにか、について考えさせられる作品ですね。

17/06/18 キッド

世界が何処かで舵を切ってしまい、結果行き過ぎたあとのルール。
不思議で理不尽で不自然なルールが、読むうちに体に滑り込んでしまい、主人公と同じ立場に自分を投影して読んでしまいました。歌う事も奏でる事もなくなった世界で望ましい音楽とは、誰も興味を持たないのにヒットチャートという事になっている音を重ねただけの何か。
世の仕組みを皮肉っているようにも見えますね。

社会からははみ出して、二人だけの世界で生きる。
この美しさと、彼らに降りかかるであろう冷たい試練たちを思うと胸が苦しくなるけれど、それは自分もはみ出して行きたくても出来ないって、心のどこかでわかっているからかなあと思いました。

17/06/18 入江弥彦

クナリ様

コメントありがとうございます。
私たちの日常に溢れている音。その音を楽しむ音楽というものはどんなものなのだろうと考えながら書いていました。
そういっていただけると嬉しいです。

17/06/18 入江弥彦

キッド様

コメントありがとうございます。
多分、これから私たちが過ごす未来には、こういうルートもあると思うんです。そう考えながら書かせていただきました。
誰も興味を持たない、名ばかりの最新ヒットチャートという部分はお気に入りなので、そういっていただけると嬉しいです。

17/07/04 むねすけ

読ませていただきました

現代にはじかれたふたりが、時代のスピードに置いていかれたいつかの音でつながり
ふたりだけの空間がうまれて、閉じている
大好きな世界観でした、心地よかったです

17/08/15 入江弥彦

むねすけ様

コメントありがとうございます。
この世界の二人はきっと世界からはじかれたもの同士ですが、一番幸せなんだと思います。
大好きと言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます。

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