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- プライドと偏見とコーヒーの味と
高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ
性別 | 女性 |
---|---|
将来の夢 | 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します |
座右の銘 | 黙り虫、壁を破る |
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性別 | 女性 |
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「えーと……じゃあ、ブラックで」
何故あの時、あんな事を言ってしまったのだろうか。
そういう思い出の一つや二つ誰にだってあるだろう。僕にはある。忘れもしない高校一年生の夏休み、人生初めてのデート。
当時気になっていたクラスメイトの曽我部さんを映画に誘った帰り道、僕らは映画館のすぐ近くにお洒落なオープン・カフェを見つけた。
「入ってみようか」
そう誘ったのは僕からだった。背伸びしたかったのもあるし、何より、少しでも彼女の前で格好を付けておきかった。頭の中で財布の中身を何度も逆算しながら、僕は積極的に曽我部さんの手を引いた。
メニューに並ぶのはどれも、長ったらしいカタカナ文字。その中で曽我部さんは全く気後れする様子もなしに本日のケーキとアイスティーのセットを頼んでいた。僕らの通っていた高校は大都市のベッドタウンにあったが、僕が地元からそのまま上がって来たのに対し、彼女は市内組だった。
「霧島君は?」
「ん、ああ」
いつまでも待たせる訳にはいかない。本音を言えば甘党の僕も同じセットでミルフィーユかモンブランでも頼みたかったのだが、大の男がそんなものを頼むだろうか。僕はついさっき観た映画を思い出した。モノクロの世界の中コーヒーを飲みながら、煙草を吸いながらとりとめのない会話をする俳優たち。確かにその画は格好良く映っていた。それに予想していた以上に各メニューの値段が高く、財布の中が少し心もとなくなっていた。
「……オリジナルブレンドで」
今だから告白すると、僕はコーヒーというやつが大の苦手だった。あの苦味と酸味のどこに美味さを見出せというのか。家にアイスコーヒーのペットボトルが置いてあっても、それを飲む時は必ず同量か下手をすればそれ以上の牛乳をぶち込んでからだった。
だというのに、僕はなけなしの砂糖とミルクさえも跳ね除けたのだ。もちろんホットコーヒーだ。透き通るような白い陶器の真中で煮え滾る黒い地獄は、覗き込む僕の苦み走った顔を克明に映し出していた。
恐る恐る一口含んでみても、やはり美味いとはどうしても感じられなかった。だが苦味と酸味を何より嫌がるのは子供だという。そう聞くと、高校生という微妙な年頃の男子としてはどうしても食い下がってしまう。
それに、曽我部さんは自分のアイスティーにはなみなみとミルクとシロップを注ぎながら、僕にこう言ったのだ。
「ブラックとか、霧島君大人だね」
「そ、そうでもないよ。普通だって、ふつう……」
この一言でもう後には引けなくなってしまった。
途中で何度ミルクを曽我部さんの手から引っ手繰ってやろうかと思ったが、結局僕は最後の一滴までコーヒーを飲み干した。その日は口の中に嫌な味がねっとりといつまでも残った。彼女を送り届けるなり、すぐに自販機でお茶を買って口の中を洗い流した程だ。
その甲斐あって僕は曽我部さんと付き合う事が出来たが、半年もしない内に別れてしまった。別れた理由はよく覚えていないけれど、ずっとブラックコーヒーを飲む羽目になった事だけは未だに覚えている。これが俗に言う大人の恋の味なのだろうと、必死に自分へ言い聞かせながら。
本当の事を言っていたら、どうなっていたのか。
残りの高校生活の間、僕は曽我部さんの姿を校内で見かける度にそんな事を考えていた。未練がましいなと思いつつも、どちらかというと、最後まで正直になれなかった自分を悔やむ気持ちの方が大きかった。ブラックコーヒーは勿論、実を言えば彼女の絶賛していたあの映画も難しくて、半分以上解っていなかったのだ。一度だけDVDをレンタルし改めて観てみたものの、良さがよく解らなかった。そう言えば、結局煙草も吸っていない。
ある日何かの弾みで女友達にそれらの事を話したら、思いっきり笑われた。藤浦さんといって、中学時代からつるんでいた、所謂悪友のような関係だった。
「霧島君もバカだねー。そんな無理して付き合ったって、楽しくないじゃん」
「……話すんじゃなかった」
「はは。ごめんごめん。ヘコませちゃったか。お詫びに今度一緒にスイーツの食べ放題行ってあげるからさ。男子一人じゃ入りにくいでしょ?」
「本当?」
「本当本当。別にあたしはブラック飲めって言わないから、安心して」
その時は何もなかったが、数年後、偶然再会した僕らはどちらから言い出すでもなく自然と付き合う事になった。そして――
「霧島君、コーヒー飲む?」
「ああ」
自分も霧島になるのだし、いつまでもその呼び方はどうかなと思ったけれど口に出しては言わなかった。彼女の淹れてくれるコーヒーには、いつも倍以上のホットミルクと砂糖が入っていた。
「子供みたいだよね」
いつまでも昔の事を茶化してくる彼女に、僕は「どうせ子供だから」と笑い返してやった。
コーヒーも恋も、甘くて何が悪い。