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どようびさん

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彼の海に溺れて

17/06/15 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 どようび 閲覧数:141

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 家には小さな庭がある。
 その庭には何も無かった。目を惹く美しい花も、二年前まで育てていた家庭菜園のトマトも。
 だから、自由だった。自由だったから私は、スコップを持ってきて穴を掘るのだった。
 かれこれ二十分弱、私はピンクのもってのおもちゃみたいなスコップで、時折屈伸をしては地中奥深くを目指し続けた。炎天下の中、私は汗にまみれていた。早くお風呂に入りたかった。欲を言うならそれもそれで暑いから、できるならプールにでも入りたかった。だが、ここからプールは遠かった。こんな辺鄙な土地だと私みたいなそれなりに大きな学生が十分に遊べる施設など到底近くにはないのだった。そもそも言うとと海の方が近かったし。でも、それはいけない。今私は、正に海を埋め立てるために穴を掘っているのだから。彼という名の海を消し去る為に。
 彼と出会ったのは二年前の冬、丁度庭でのミニトマトの栽培をやめた時期だった。夏でもないのに海に入れば、それは上手くいかないものである。
 私は紆余曲折あり、彼と付き合うことになった。その時期の私は正しく海に飲み込まれているも同然だった。
 他人と付き合うという事は、海に入るのとよく似ている。相手からの圧が強ければ上から押さえつけられて、文字通り息がしにくくなる。息苦しく、そこから這い出そうと懸命にもがく。すると、自然、荒い行動でその場を解決しようとして、その反動も同時に受けることになる。自分自身も疲れ果ててしまう。
 逆に言うなら、落ち着いている間の海は本当に優雅なものだ。どこにも波の起きるような様子はなく、脱力しきったまま、プカプカと、心地よいものだ。ただ荒れ始めると、それはまた厄介なものだ。海に囚われている身である私はされるがままに流されるしかない。右へ行ったと思えば左へ行き、上からのしかかられたまま、溺れていくのを待つしかない。しかもこれが面倒なことに、陸地が無いのだ。逃げられない。人間関係に逃げ道は無いからだ。
 息苦しい。私は息苦しかったのだ。徐々に言動の激しくなっていく彼の荒波に飲まれたまま、なすすべなく、息苦しさに耐えるにしかなかったのだ。とてもじゃないが心地の良い空間とは言えなかった。
 そんな彼が別れを切り出してきたのは一週間前のことだった。私は正直ほっとした、でも、同時に自分が何かに囚われたままでいることに気が付いた。自分からはとても言い出せなかった「さよなら」の一言にとても安堵したはずだったのに、どうしても靄が取り切れなかった。私は彼の海に取り残されていたのだ。逃げるタイミングを完全に失っていた。
 そこに彼が残していったのは荒波だけだった。一度来たと思ったら、再び逆側から襲ってくるたちの悪いもので、私は一々それの飲まれては心を乱されるのだった。恐らく、どこかに未練があったんじゃないかと思う。人は弱いものに愛情を注ぎたがる。私は彼が弱いことを知っていた。それと同時に、弱いからこそ私にきつく当たっているという事も。それを知っていたからこそ私は今こうしてずっと翻弄され続けているだろう。
 このままではいけない。
 朝、そう思った。
 彼からよりを戻そうとの連絡が来たのだった。新しい彼女と全くうまくいっていならしい。だらか、私とまた再び付き合おうと。それはいけない。心のどこかがそう言った。これ以上海に惑わされていたら、いつか溺れ死んでしまう。
 だから私は穴を掘る。
 海を無くすには埋め立てるしかない。それには土が必要である。
 手首が限界を叫び出してきたところで作業をやめる。鼻腔の中に土の香りと、砂ぼこりが入ってきて少しくしゃみしたくなった。手は錆が付いて鉄臭くなり、足は血液が滞っていたせいで痺れが発生し始める。
 それらも全部無視して、箱に詰めてきたものを全て穴に注ぎ込む。彼との思い出の品だった。上からそれら煩雑に投入し、底に残ったものは手で投げ入れる。全て入れ終わったところで、土をかぶせ始めた。
 海を埋め立て、そこに私は地に足つけるのだ。海とはおさらばしなければならない。
 ほとんど埋め終わったところで、話しにやってきたらしい彼が玄関に見えた。母が私が庭にいるとの説明をしたのだろう、この家の誰のものでもない、力の籠った足音が近づいてくる。
「おーーい、……って、なにゴーグルしてんだ?」
 海でもないのにゴーグルをしている私を不審そううに見てくる。私は全ての土をかぶせ終え、スコップを優しく地面に置き、立ちあがった。そして埋め終わった場所に強く立ち、お別れを告げる。
「さよーなら」
 もう私が絆されるような海は確認できない。もう埋め立ててしまった。
 これで私は自由だ。自由だった。それでも私はまたいつか違う海に溺れてしまうのだろう。人間関係とはそうやってなりたっているのだから。
 私は海にもさよならと囁いた。


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