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本宮晃樹さん

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不滅の文化

17/06/14 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:209

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〈レコーダー〉は率直に言って、半死半生だった。
 水にありついたのですらどのくらい前だったのか記憶はおぼろげ、まともな食事ともなれば――定義のしかたにもよるが――生まれてこのかた口にしたことすらないというありさま。〈カタストロフ〉後の一人旅はとかく厳しいのだ。
 つぎ当てだらけの外套に包まれた身体は痩せ細っているが、ターバン式に巻いた布きれからは豊かな黒髪がのぞいている。総じて不潔で砂まみれではあるものの、彼は気にしているようすもない。飢餓と脱水が同時に牙をむいているにもかかわらず、のんきに鼻歌を口ずさんでいる。死ぬときは死ぬ。そうじゃないか?
「さて、ようやく見えてきたぞ」大きく伸びをした。「あれが世に名高い〈エスぺランザ〉か」
「ようこそ旅の人」とゲートを守る屈強な男。うさんくさそうに眉根を寄せている。
「ハロー。ぼくは〈レコーダー〉。各地を旅してる」
「風来坊がうちになんの用かね?」門番は突撃銃を突きつけた(当節じゃ骨董品のたぐいだ)。「よそ者にはあんまり立ち入ってほしくないんだが」
「〈エスぺランザ〉は文明的な市民の集う最後の都市だと聞きましたがね」
 これは効いた。門番は痛いところを突かれたといったようすで口をへの字に曲げた。「いいだろう。入れ」
「その前に……水を一杯いただけないかな」
〈レコーダー〉は折からの脱水症状により、その場にぶっ倒れた。

     *     *     *

 耳に快いリズムで彼は目を覚ました。「ここは……?」
 上体を起こして周りを睥睨する。質素な部屋だ。ここが客室だとしたら世も末である(もっとも世は文字通り末を迎えたわけだが)。
「気がつかれましたか、旅の人」と見知らぬ女。何本かの糸を張った大きなひょうたんを抱えている。彼女がそれをつま弾くと、驚くほど美しい音色が部屋中を席巻した。
〈レコーダー〉は目を見開いた。「たまげたなあ。いったいそれはなんだい」
「ギターを知らないの?」と若い女。「あなたは〈レコーダー〉だって聞いたけど」
「ぼくだって知らない利器はあるさ」気分を害したようすで、「だからこそこうして世界を放浪してるんじゃないか」
 そうとも。彼は文字通り記録者だ。〈カタストロフ〉で失われてしまった文明を少しずつ掘り起こして蓄積し、いつか再興しようと夢見る人びと。つらく困難な仕事だ。
 もしあなたが博打に勝ちたいのなら、数世紀後には誰も彼もが石器時代に逆戻りしているほうに賭けるべきだ。その反対ではなしに。ところがどうだ、この年若い〈レコーダー〉は新しく文明のよすがを見つけたではないか!
「よし、それなら俺たちのことを忘れないでくれよ」
 部屋の片すみにいた肌の黒い男が笑いかけた。彼は二本のスティックで円筒形の物体を規則正しく叩いている。ドラムだ。「みんな入ってこい。このあんちゃんに一曲聞いてもらおうや!」
 黒人ドラマーの呼びかけを皮切りにして、客室にどっと人間がなだれ込んできた。めいめいが楽器を手にしている。〈レコーダー〉が呆気にとられているあいだに、彼らはおのおのの立ち位置に陣取り、にこやかに開始の合図を待っている。
「それじゃいくぞ」
 タンタンタン。一拍おいて――ついに演奏が始まった!
 音の洪水がちっぽけな部屋を破裂させんばかりに満たす。それはまさしく芸術だった。死に瀕した文明の名残りがこれをかたくなに守り続けた理由が、〈レコーダー〉には理解できた。だってこんな……こんなすばらしい文化をうっちゃって死なせるなんて、いったい誰にそんなまねができる?
〈エスぺランザ〉の人びとはまぎれもなく気高かった。彼らは楽器を湿気や乾燥から保護し、食物の栽培にかけるべき時間を惜しんでまで演奏技術の研鑽に努めてきたのだ。
「すごい」身震いした。「なんてすばらしいんだ」
 そして気づいた。これは研鑽なんかではない。そんな保守的な態度ではない。ずばり創造だ。彼らは明日の飯にも困る当節、文化を積極的に進化させているのだ。
 もう黙ってはいられない。〈レコーダー〉はリズムを刻みながら演奏に加われないものかと思案する。ところが腹立たしいことに、彼は自前の楽器を持っていないのだ。
 ええいくそ、楽器がなんだ。彼はドラムに合わせて手拍子を打ち始めた。そうとも、音楽は楽器で演奏するだけが能じゃない。誰だってそれに参加できる。その証拠に、そら! 左胸に耳を傾けてみるがよい。力強いエイトビートを心臓が奏でているではないか。
 やがて演奏は終わった。みんな満ち足りた表情で陽気に互いの肩やら背中やらをどやしつけている。〈レコーダー〉は全員と握手をし、拳を高く掲げて宣言した。
「ぼくはいまの演奏を忘れないぞ。そして世界に広めよう、このすばらしい芸術を!」


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