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浅月庵さん

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彼女は馬とともに、海底へと飲まれる

17/06/14 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:2件 浅月庵 閲覧数:258

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 同棲している彼女に携帯電話とパソコンを床に叩きつけられた瞬間、画面を這う亀裂と同様に俺の理性も崩壊した。
「お前ふざけんなよ!!」
 我慢の限界を迎えるのは、自分の想像よりもあまりに突発的だった。

 俺は家にある彼女の荷物を、人間が可能な限りの俊敏さで掻き集めた。考えられるものすべてを、数個の鞄のなかへ乱雑にぶち込む。
 俺は彼女の腕を掴み外へ引っ張り出すと、車の後部座席へ荷物と一緒に押し込んだ。

 車は国道を走るーー。
 腹の虫がおさまらない俺は、思いつく限りの罵声を彼女へ浴びせてやることにした。
「職場の後輩と仕事のやり取りしただけでパソコンまでぶっ壊すとか、頭おかしいんじゃねぇの!」
 俺の周囲にいる女性すべてを排除したがるヒステリー女は、反論すらしない。ただただ両膝に手を置き、沈黙を貫いている。
「好きだから仕方ないじゃんって言い訳するけど、お前にとって俺はペットみたいなもんだろ?」
 墨汁のように垂れる黒髪によって、彼女の表情は窺えない。
「あとさ、なにかにつけてお前“帰りたい”って呟いてたよな。家のなかでも。正直全然意味不明だったけど、ようやくわかった気がするよ」約一時間かけて目的地へ到着。俺は荷物を抱え、彼女を強引に車から連れ出す。「生命の根源は海から始まってるって話、聞いたことあるか? 不思議なことに海水と母親の胎内の羊水は、成分が滅茶苦茶似てるんだとさ」俺は彼女の背中を押し、自分の足で歩かせる。「お前の口癖ってもしかして、海に“帰りたい”ってことなんじゃねぇの?」

 海水の色は濁り、浜辺には漂流物が子どもの散らかした玩具のように散らばっている。
「お前のメンヘラぶりにはウンザリだよ。じゃあな」
 俺は彼女の足元へ乱暴に鞄を放った。
 再び車に乗り込んでエンジンをかけると、アクセルを踏む。
 
 俺は自宅へ直行するわけでもなく、適当な道で右折を繰り返した。
 窓の隙間から車内に侵入してくる冷風が、段々と俺の頭をクールダウンさせていく。

 ……さすがにあれはやり過ぎだったかな。
 頭に血が上って突拍子もない場所へ置き去りにしたけど、これじゃあ完全なDV彼氏だよな。

 罪悪感の芽というものは、予想以上に育つのが早い。
 俺は自責の念を振り払おうと懸命になるが、いとも簡単に心は折れてしまう。

 三十分かけて海へ戻ると、彼女の姿を探した。
 反省したか?って甘い言葉をかけてやろうと思ったけど、砂浜には誰もおらず、荷物すらなかった。
「ミサキ、どこだ!」
 俺は先ほどまで彼女が立っていた地点から、海の方向へと刻まれた足跡を見つけた。
「マジかよ......」

 途方に暮れる俺の耳に、彼女の声が届いた。
「今までありがとね」
 どうやらその音は、足元に落ちている貝殻のなかから聞こえているようだった。
「お前、どこにいるんだよ」
「ここだよ」
 俺は貝殻を携帯電話のように耳へ当てながら、周囲を見渡す。

 すると太陽を背に、一つのシルエットを見つけた。
 それはまるで、彼女が馬に跨っているような形状をしていて、あろうことか水面の上に立っていた。
「おい、なんの冗談だよ!」
「今までごめんね」
「待てよ! 意味わかんねぇよ」
「カイキが言う通り、私は海に帰りたかったんだよ。きっと」
 彼女と馬は背を向けると、水平線に向かって駆け出す。どんどん俺がいる砂浜との距離が開いていく。

 彼女と馬はその内、ずぶずぶと海に飲み込まれていき、とうとう姿が見えなくなってしまった。

 俺は眼前の出来事に現実感を覚えられないまま、自宅へと戻る。
 数日が経過しても、彼女が行方不明になった事実はニュースで報道されることはないし、俺の元へ警察が訪ねてくることもなかった。

 俺は部屋のなかに残る彼女の痕跡を探してみたが、それらはすべて鞄に詰めて彼女に渡したのだった。
 携帯電話やパソコンで写真を見ようにも、データが破損していて確認することができない。
 友人にも、色々と面倒な彼女なので存在自体を隠していた。

 人間一人が忽然と姿を消し、存在した証拠すら掴めない。
 もしかして彼女の存在自体、すべてが俺の妄想だったのだろうか。
 そうケジメをつけるしか、他に手段はないのだろう。
  
 ーー数年後。
 ふとテレビを見ていると、脳の構造について特集を組んだ興味深い番組が放送されていた。
 そのなかで、人間の記憶を司る細胞の名称が“海馬”だということを知る。

「海、馬?」
 俺はそのゴシック体のテロップに、なにか重要なことを忘れているような気がした。
 だけど、いくら頭を捻っても、欠けた記憶を掬い上げることができない。

 ......すでに脳内の海にそれは沈んでいて、今となってはなんだったのかすら、俺は思い出すことができない。


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このストーリーに関するコメント

17/06/22 石蕗亮

拝読致しました。
オチを読んでもう一度読み返すと何処までが現実で何処からが脳内世界なのか不思議な感覚に陥りました。
海馬という言葉遊びのようなストーリー。面白かったです。

17/06/22 浅月庵

石蕗亮さま

言葉遊びのワンアイディアで書き進めた物語ですが、
終わってみれば本当のことだったのか妄想なのか
わからないよなコレ、って自分でも思いました笑

内容的にご感想いただけると思ってなかった作品なので、
面白いと言っていただけてホッとしております。
ありがとうございました!

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