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小峰綾子さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 笑う門には福来る

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兄ちゃんと海と缶コーヒー

17/06/14 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 小峰綾子 閲覧数:131

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私は内陸の地方都市で育ったので海に関して思い出というほどのものはない。だけど海に関する記憶で唯一印象に残っているのはあの秋の日だ。
 あの時私は小学校5年だったと思う。日曜日で、両親が何かの用事で一日出かけていて帰りも遅いため、食べるものは今日だけ特別、近くのスーパーで何か買って食べなさいとお金を渡されていた。
両親がいなくて好き放題、ご飯も好きなものを買っていい日なんてちょっと特別感が合ってぞくぞくする。両親が出かけたあとしばらくビデオ録画した好きなアニメを見て、ちょっと昼寝したらちょうど正午ぐらいだったのでスーパーに行こうと外に出たところだった。
歩き始めてすぐにうちから3軒隣の一軒家からケン兄ちゃんが出てきた。両親同士が仲良くて私が小さいころからよく遊んでもらっていた兄ちゃんだ。最近は遊んでもらう機会も減っていたので言葉を交わすのも久々。ケン兄ちゃんは多分あのとき20歳ぐらいだったのだと思う。
 その年の春ぐらいに兄ちゃんと女の人が手をつないで一緒に歩いているのを駅前で見かけて、なんとも言えない気持ちを抱いたことを思い出した。自分だけに優しいと思っていた年上の兄ちゃんが、ちゃんと彼女がいて、その人のことが好きで、その人にも優しくしているということを認めたくないきもち。
 今日は一人で過ごすのでお昼ご飯と夕ご飯を買いに行くのだと答えるとと兄ちゃんはちょっとうつむいて何かを考えるしぐさをしていた。そして顔を上げて言った

「じゃあ、ちょっと付き合わない?」

私たちの家があるあたりから海までは車で2時間ぐらい。乗せてもらった車は兄ちゃんのお母さんのものだったが、今日はおばさんが出かけているので自由に使ってよいらしい。途中の道の駅でラーメンとソフトクリームをごちそうになった。私は親から預かったお金があるので自分で払うと言ったのだが兄ちゃんは自分が出すと言って、私には払わせてもらえなかったのだ。

車の中では兄ちゃんのCDを聞いた。私の全然知らない洋楽。そして兄ちゃんはなぜか私のことをいろいろ聞いてきた。学校では何の教科が好きか、担任は好きか、など。車を運転するのを見るのは初めてだったので、ハンドルを握る横顔が新鮮で、見つめているのがばれないように横目でちらちら見ていた。兄ちゃんはただ「海を見に行くから一緒に来い」と言っただけだった。何で私を乗せるつもりになったのだろうか。私のほうは車で年上の兄ちゃんに海に連れて行ってもらうという非日常に誘惑されたところがなくはない。私は海なんか別にどうでもよかった。兄ちゃんは、昔と違って私をガキ扱いせずに私の言ったことに普通にうなずき、まるでクラスの女友達と話すみたいに接してくれている。
 海に着いたら駐車場に車を止めた。シーズンオフの海は人気があまりない。近くにあった自販機で兄ちゃんはブラックの缶コーヒーを、私はミルクと砂糖入りのものを買った。古ぼけたベンチに座って、海を見る。普段海の見えない土地に住んでいる私には、波がずっと絶えずに押し寄せては引いて、を繰り返すことが不思議で仕方ない。私たちが起きていても寝ていても、ずっと絶え間なく海は動き続け、息づいているのだ。コーヒーを飲み終わった後はすこし砂浜を歩こうかと言われた。砂に足を取られて転びそうになったところで兄ちゃんが手をつないでくれた。痩せて背の高い兄ちゃんだけど手は意外と大きくて骨ばっていてしっかりしていた。最初は手を引っ張られて歩く感じだったけど、一緒に並んで歩きたかった私は頑張って歩調を合わせた。歩きづらいから早く引き返して車に戻りたい気持ちと、このままずっと手をつないで歩いていたい気持ちが半々ぐらい。

海にいた時間は実際1時間やそこらだったのにずいぶん長い時間そこで過ごしたような気がした。
帰りの車でも、早く帰って自分の日常に帰りたい気持ち、ずっと辿り着いてほしくない気持ち、それぞれ半分ぐらい。

 こうして、夜の7時過ぎには無事にうちにたどり着いた。「じゃ、また」とだけいって兄ちゃんは自分ちのガレージに車を戻しにいった。その日兄ちゃんと海に行ったことは親に言わなかった。というか今に至るまで誰にも話していない。
兄ちゃんは高校生の時から付き合っていた彼女と別れたらしいと、その後噂好きの母から聞いて知った。あの海は、彼女と行く予定だったのかまたは思い出の海か何かだったのか。それとも単に兄ちゃんも暇だったので、知り合いの子供である私を伴っていったのか、今では分からない。 
2年後に兄ちゃんは就職を機に遠くに街を出ていき、私の実家も別の地区に引っ越したため兄ちゃんの家族とも疎遠になってしまい、兄ちゃんがいまどこで何をしているのかも知らない。

波の音、つないだ手、缶コーヒーの味。海といえば思い出すのはあの秋の日だ。


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