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のあみっと二等兵さん

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Mother ー還りたいと願ってー

17/06/14 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:5件 のあみっと二等兵 閲覧数:365

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何時からか。私は何かと、決して近いとは言えない海を眺めに来ている。
全ての生物は海から生まれたって、見聞きした事があった。 母なる海。ほぼ地球を包み込む程の、広くて深い海水は、全ての生き物にとっての羊水だろうか。私の実母も、貴女のようにこんなに優しかったら。貴女みたいにもっともっと広くて深くて、けれど時には厳しくて。そんな女性だったら、憧れさえ抱けただろう。

まだまだ初夏ではあるが、暑い。強く照りつける日差しはアスファルトを焼き、街は熱風が駆け抜ける。交差点で信号待ちをするだけで、身体は水分を奪われた。大嫌いなバスや電車を乗り継いで。平日の下り電車は、海が見えて来る頃になると、乗客はほとんどいなくなる。 世間が夏休みを迎える前が理想。今は6月上旬。やっと辿り着いた浜辺は、人影もまばら。海に視線を向ければ、サーフィンを楽しむ人影が上下する波のうねりの向こうに数人だけ見える。
日光で熱せられた砂の上に、ちょこんと腰を下ろして。シューズと靴下を脱いで背後に置いた。歩き疲れた脚を伸ばすと、柔らかく、少しだけひんやりする波の泡が優しく包み込んでくれた。それはまるで貴女が「暑かったでしょう?」 そんなふうに言ってくれているような気がして。母という存在を、そうやっていつも重ね合わせて。けれど、生物が生まれたはずの海水は、陸に上がって生きる事を決めた人間にとっては、飲み水には的さないから。溜め息ひとつ。バッグからペットボトルを取り出して、まだ少しだけ冷えているお茶を喉に流し込んだ。
ボーっと水平線を見つめる。ここに来て、特に何かする訳でもなく。ただただ私は独りで波の音を聴いて、寄せては返す波を見つめるだけ。けれど、それは私の心が、ゆっくりと洗われていくようで、ほぐされていくようで、飽きる事無く、時間が許すなら、夕焼けで海面が赤く染まるまで、こうしていられるのだ。 毎年、同じ事をやっている。これで何年目だったか。それももう確かな回数さえ覚えてはいない。年に一度の年もあれば、数回来る事もあったから。何度も来ていた年は、決まって何かあった時だった。
実家の無い私には、母親を訪ねるような感覚で。だからだろうか。あまりに辛くて荒れると、八つ当たりのような事もした。大声を張り上げて叫び散らした事もあった。今まで貴女には愚痴に散々付き合わせてしまった。ごめんなさい。もう、そんな事しないから。
だから。今日は貴女に、祈りにも似た願いをしに来たの。
おもむろに立ち上がった私の足元には、波打ち際で生き絶えたクラゲ。
そう。お願い───お願いだから。
私をクラゲに変えて もう誰の目にも触れなくていい  誰の温もりも要らない  この身体も要らない 命が尽きるまで貴女の中でたゆたって  その時が来たら  貴女の中に溶けて還りたいの ごめんなさい  もう本当に疲れたの 希望なんて  何ひとつ無かったと気付いてしまったから 目の前に立ちはだかる壁が高過ぎて  いばらの道で迷い過ぎて  道標さえもう見えなくて もう歩き疲れたから
私の脚は、貴女の中へと向かって行く。優しく包み込んでいた泡は、グッと冷たく強い流れに変わる。膝下で舞い上がる砂の感触。構わず前進する。太ももまで海水に濡れた私の脚は、唐突に激しくなった海流に押されてバランスを崩した。水飛沫を上げて倒れ込んだ私の身体は海水の中で揉まれてから、これまで以上に激しく強い引力で沖へと運ばれる。とても荒々しく、容赦も無い。貴女の中に溶けて還りたい、そう願っておいて。なのに、あまりの苦しさにもがいて、足掻いて。頭の中に「後悔」という言葉が浮かんでいた。気付けば必死で酸素を求めている、愚かで滑稽な自分がいた。

死にたくない───そう心で叫んでいて。

意識が遠くなりかけた瞬間。身体が浜辺へと押し戻されて、転がった。
うずくまって咳き込む私の傍らを、あの優しい泡が包んでは引いて行く。それは、優しく厳しく、貴女が抱き締めながら叱咤してくれているようにしか思えなくて。

「──────」

震えが止まらない身体を限界まで小さく丸めて、声を上げて泣いた。嗚咽を我慢する事も無く、ずっと気が済むまで。



翌年。私はまた、貴女に逢いに来ている。
まだ2月上旬。真っ青に晴れ渡った寒空が、貴女を綺麗な蒼に染めている。
「死ぬ気で生きたら、本当の幸せが、私にもちゃんと見えたよ」
貴女に向かって微笑む私を、遠くで呼ぶ声がする。振り向くと、そこには我が子を抱いた、笑顔で手を振る愛する旦那の姿。
そう。貴女が守ってくれた大切な命が、今そこに在る。

だから私、頑張るからね。

貴女の様な、広くて深い愛情を持つ母親に。













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このストーリーに関するコメント

17/06/14 滝沢朱音

傷ついた「私」は、母なる海に何度も通い、抱かれ、ようやく「再生」されたのでしょうか。
翌年、家族とともに訪れた「私」を、きっと海も母として喜んで迎えたことでしょうね。
物語の中にも、詩を思わせるような美しい描写。言葉がきらめいていてハッとさせられます。とても素敵でした。

17/06/14 のあみっと二等兵

滝沢朱音 様
読んで下さった上、コメントまで……本当にありがとうございます。
母親を求めて、甘えてみたり、当たってみたり、馬鹿な行動に出てみたり。自然という大海に揉まれる事でしか、大切な事にも気付けなかった「私」でした。
言葉がきらめいているなど……勿体無い御言葉……心から感謝致します!
本当にありがとうございました!

17/06/22 冬垣ひなた

のあみっと二等兵さん、拝読しました。

海が還る場所だと思えるのは、誰にとっても命を育む母のような存在だからでしょうね。「私」の心の起伏がしみてくる美しい文章で、傷ついた「私」を包み込む海の包容力と、陸に暮らす家族の尊さが深く印象に残りました。素敵な作品をありがとうございます。

17/06/22 のあみっと二等兵

冬垣 ひなた様

海と言うのは、離れて見ているぶんには綺麗で美しい存在ですが、一度入ると小さく見える波もかなりパワーがあり、流れも強い……
普段優しいけど、怒ると実はとても怖い母親みたいだなぁと、あまり甘えた事を言えば、しっかり叱ってくれる理想の母親と海とが私の中で重なったので、書きました。
「私」の心の起伏を感じとっていただきました事、とても嬉しく思います。
貴重なコメント、有り難う御座いました。

17/09/27 あずみの白馬

拝読させていただきました。
海という存在は、我々を何処かで見守っていてくれると、改めて感じました。

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