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Fujikiさん

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ガソリンスタンド

17/06/14 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:4件 Fujiki 閲覧数:416

時空モノガタリからの選評

「車もないのにガソリンスタンドだけある」という島。そこで働く「ぼく」。
この変わった設定にまず目をひかれました。海の上での孤独で世間の常識から逸脱した生活が、読み進めるうちに魅力的に見えてきました。広さも深さも人間のスケールを超えた海に囲まれた小さな小島での生活は、単純な引きこもりというものとも違い、普遍的な要素を感じさせるものがあると思います。生産性を持たない彼らの行為をどう捉えるかは人それぞれなのでしょう。社会から孤立した人間に対する皮肉ととらえることも、あるいは逆に生産性を過大評価する社会への風刺と捉えることも可能ではないかと思います。個人的には最後の段落の示す通り、やはり人生は静かさと激しさという相反する要素を内包しながら、営々と繰り返される「終わりのない干満」のごときものなのであって、過剰な意味づけを行う必要はないのかもしれないという気がしました。人生の流れに身を任せ、自分の死もその循環の中の一つと受け入れる彼らの自由さが魅力的でした。

時空モノガタリK

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 ぼくが働くガソリンスタンドはちょっと変わった場所にある。海の上だ。面積十平方メートル程度の小島で、本島から離れた沖合いに浮かんでいる。もちろん自動車は一台もない。車がないのにガソリンスタンドだけあるってのも変な話だけど、ここは最初から離れ小島だったわけではない。ずっと昔に地殻変動が起こってガソリンスタンドだけ本島からちぎれてしまったんだって。もう何年も前に死んだチーフが教えてくれたことだ。ぼくがチーフを水葬にしてここから送り出してやったんだ。
 チーフはいい人だったよ。ぼくがここに来た時には既に白髪頭のおじいさんだったけど、真っ黒に日焼けしていて筋骨たくましい怪物みたいだった。腕ずもうでは結局一度も勝てなかった。ぼくはチーフからすべてを教えてもらった。魚釣りとか星座のこととか、単調な島の生活を楽しむために必要なあらゆることだ。潜水の技術を習った後は、よく二人で海に潜って貝を拾い集め、太陽の下で焼いて食べたものだ。給油のしかたや接客態度も教えてもらったけど、それはまだ役に立っていない。
 一人になって数ヶ月の間はずっと寂しかった。涙が出そうな日には、ガソリンを一滴だけ海にたらして一日じゅう海の中をのぞいて過ごした。ガソリンをたらすと、目が潰れるくらいに輝く海面がそこだけぽっかり穴が開いたみたいに底まで見えるようになる。ある時、ぼくは大きなタコが海底のサンゴの間から太い足を出しているのを見た。ぼくはすぐに銛を携えてガソリンの穴から海に飛び込み、サンゴの割れ目に銛を突き刺した。ところが大ダコは足をさっと銛に巻きつけて小枝のように折ってしまった。ぼくはすぐさま退散した。脚までへし折られちゃたまらないからね。大ダコは暗がりから顔を出してぼくを瞼のない目で見つめていた。叡智を宿した深い色の目を見てぼくは確信した。チーフが大ダコになって見守ってくれているんだって。その日以来、ぼくはもうちっとも寂しくなかった。
 ぼくはいつも海の上にいるわけじゃない。日曜日にはガソリンスタンドを閉めて、本島で買出しや他の用事を済ませる。移動手段はスワンボートだ。スワンボートは慣れれば運転しながら本も読めるし、快適だ。それに足で漕ぐだけで使えるところがいい。売り物のガソリンを無駄遣いせずに済むからね。本島には姉さんがいて仏壇を守っている。ぼくは日曜日の夜は実家に泊まって、月曜日にガソリンスタンドに戻る生活を何年も送った。
「そんな客も来ないスタンド、さっさと辞めちゃいなさい」というのが、姉さんの口癖だった。
「いくら学がないからって他にも仕事はあるはずでしょ? 何だったらひよっこスーパーの店長さんに頼んでやってもいいのよ」
「いいよ、そんなことしなくて。辞めるつもりはないから」
「まあ! そもそも長男が仏壇を守るべきなのに、あたしに全部押しつけて週末しか帰ってこないなんてひどいわ。結婚もしないで」
「姉さんこそぼくのことなんか構わないでいつでも好きな時に嫁に行ったらいいだろ」
「まったく、もう」
 結婚の話題を投げ返すと決まって口ごもるのは姉さんの方だった。
 ぼくはガソリンスタンドの正社員なんだ。辞めるわけにはいかない。姉さんのことは好きだったけど、毎度の口論のことを考えると帰るのが煩わしくなって、いつしか本島に戻っても家に寄らなくなった。だから姉さんが去年の冬に体じゅう癌に蝕まれて死ぬまでの間、ぼくは何も知らなかったし、何もしてあげられなかった。
 姉さんを看取ったのは、マリコさんという女性だ。最後まで独身を通した姉さんは、晩年にはマリコさんと二人暮らしをしていたらしい。彼女が語る姉さんの思い出話からは、二人にとってお互いが一番大事な存在だったことが分かった。結婚しなくても、姉さんはじゅうぶん幸せ者だ。ぼくは家も仏壇もマリコさんにあげた。彼女にはすべてを受け取ってほしかったし、それに二度と実家に戻るつもりはなかったんだ。
 ある日、ガソリンスタンドに初めての来客があった。スワンボートに乗った若い男だ。スワンボートにガソリンはいらないから、あいにく売上げはゼロだった。代わりに男は島に留まり、ぼくのことをチーフと呼んだ。ぼくは昔チーフが教えてくれたようにその男に魚釣りや流れ星の見つけかたを教えてやった。給油の方法や客が来た時の応対のしかたもちゃんと教えた。男はのみこみが早くて、何でもすぐに一人でできるようになった。ただし腕ずもうの時にはいつもぼくが勝った。
 ある一日の終わりに男が言った。
「チーフ、今夜は珍しく海が凪いでいますね」
「ああ」
 確かに静かな海だった。足下の砂を波が音もなくさらっていった。どんなに静かに見えても、海はあらしの時と少しも変わらない激しさを秘めて、終わりのない干満を繰り返している。ふと、ぼくの死体を海に流すのはこの男だと分かった。


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このストーリーに関するコメント

17/06/18 文月めぐ

『ガソリンスタンド』拝読いたしました。
海の上のガソリンスタンドという設定が面白かったです。
淡々とした口調で書かれているのに、最後の一文でぐっとさみしさが込み上げてきました。

17/06/18 Fujiki

文月さん、コメントありがとうございます! テーマである海のどういう側面を取り上げようか考えて、人と人や島と島を隔てて孤立させるものとして書きました。ご指摘のとおり、最後の部分の効果を引き立てるために全体的に淡々とした語りを用いています。

17/07/31 光石七

拝読しました。
海の上のガソリンスタンド、本当にあるかもしれないと思ってしまいました。
情景が目に浮かぶようで、淡々とした語り口の中、人としての日々の営みや無常が見事に描かれていると思います。
素晴らしい作品でした!

17/07/31 Fujiki

光石さん、読んでくださりありがとうございます! ストーリーの展開で読み手をぐいぐい引っぱっていくタイプの話ではないので、場面の描写を通して情感や雰囲気が伝わるように情景には力を入れました。

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