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安城和城さん

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将来の夢 アンバサダーホテルかホテルミラコスタに住むこと
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ミュージック・ライツ

17/06/13 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 安城和城 閲覧数:228

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「あんたもうすぐ、死ぬよ」
 できることなら、そう忠告してやりたいのだが。
 店のマスターは今夜もカウンター席で一人酒を飲む背広姿の男に目をやり、心の底からそう思った。
 マスターは「死の気配」というものに敏感だった。理屈でなく、ただその気配を直感的に感じ取ることができる。
 しかしだからといって、マスターにできることは、せいぜい男の半生を想うことくらいだ。
 背広姿の男は、楽曲の権利を管理する団体「ミュージック・ライツ」の幹部だった。音楽家から楽曲の権利の信託を受け、楽曲利用者に許諾を与え、利用料を徴収し、権利者へ分配する。
 男はよく自分の仕事を警察と比較し嘆いていた。
「結局のところ、うちらが嫌われている理由はね」
 男の愚痴はいつだってそんな文句から始まった。男は握力でグラスを割ろうと試みているのではないかというくらい、右手で強く強くグラスを握りしめている。しかし対照的に、左手の五本の指はまるで野原を駆け回るうさぎのように軽やかにテーブルを叩いていた。
「音楽家という、マイノリティの味方をしているのが、そもそもの原因さ。警察は善良な市民というマジョリティを守る。だから嫌われにくい。みんなどこかで、『自分もいつか警察に助けてもらうことがあるかもしれない』と思っているからな。だけどどうだ、『自分もいつか音楽家になってミュージック・ライツにお世話になるかもしれない』なんて思っている奴はいない。だから心置きなく嫌うことができる。ま、利用者の側からしたら、一方的に取り締まられるだけだものな。そしてそんな嫌われ者を擁護する音楽家なんていない。仲間だと思われるのが怖いんだ。音楽家ってのは、商業的に見ればただの人気商売だからね」
 それが男の言い分だった。マスターはそんな愚痴を、いつもいつも黙って聞いていた。
「『ミュージック・ライツの大きな欠点は、団体イメージの向上に取り組んでいないことです』――専門家がしたり顔で言う。ふん、余計なことに金を使ってみろ、『その金を音楽家に分配すべきだ』と言われるに決まっている。広告を打ったり、無料のコンサートを開いたり――実際、開こうとしたことがあるんだ、『ミュージック・ライツ音楽祭』。誰も出演したがらなかったがね」
「まあ、音楽家というのは、人気商売ですからね」
 マスターが合いの手を入れると、男はいつも通り「そう! それなんだよ」と言って残りの酒をあおり、左手でテーブルをバンと叩いた。マスターは、先ほど男自身が言っていたことを繰り返しただけなのだが。
「人気商売だからこそ、うちみたいな嫌われ役が必要なんだ。だってそうだろ? 自分が作った曲を、誰か他の奴が勝手に使って、コンサートだのなんだの、金儲けをしているとする。それを音楽家自身がとがめたらどうなる? こう言われるんだ。『ケチ』『心が狭い』『金の亡者』ってね。だから音楽家はみーんなうちに楽曲の権利を託すんだ。『おまえが代わりに嫌われてこい』ってさ」
 男はちょうど録音された楽曲みたいに、今夜も正確に愚痴をこぼし終えると、気が済んだのだろう、「それはそうと、このピアノは、良いな」と言って、店のBGMを褒めた。
「私が演奏したものを、録音して流しているのです」
「そうなのか。上手いじゃないか。……クラシックは、良いよね」
 男はようやく静かになり、スピーカーから流れる音楽に耳を傾ける。グラスに残った氷がカランと小気味良い音を立てる。
 男は、いつもならばここで、「同じのを」と短く言い、お代わりを頼むのだが……
「さって、そろそろ行くよ。明日も仕事だ。忙しい、忙しい。最近、音楽教室からも楽曲の利用料を徴収するって方針を打ち出したら、音楽家までもがうちの団体を批判し始めたんだ。『未来の光を消す気なのか!』ってね。嫌われ者に立ち向かえば、そりゃ大人気だ。でもさ、音楽教室だろうが何だろうが、他人の楽曲を利用して金儲けをするのなら、利用料は払わなきゃだろ。……そういや今夜、教室出身の音楽家たちが集まって音楽祭を開くとか何とか、そんな話を聞いたな。場所は確か……この近くだった気がする」
 男の言葉に、マスターは思わず「ああ……」と漏らしながらも、表情は変えず、「そうなんですか」と言って、男から勘定を受け取った。
「誰だって、金を徴収する役なんてしたくないわな。マスターだってそうじゃない?」
「私は、お客さまから料金をいただくこの瞬間が大好きで、この仕事をしていますよ」
 マスターの冗談に、男は笑みを浮かべ、釣り銭を受け取った。
「またのお越しを」
 男が返事の代わりに片手を挙げ、店の扉を開け――そして閉まったところで、不意に胸が痛んだ。
「うぐっ……」
 床に散らばる小銭の音と、店内に流れる自らの演奏を聴きながら、マスターは両手で胸を押さえ、その場に倒れた。


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