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Fujikiさん

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一次元マインドコントロール

17/06/13 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:136

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 あいつが勝手に俺の頭の中に入ってくるんだ。俺にはそれをどうすることもできない。まぶたを閉じれば目は見えなくなるけど、耳の穴はいつも開きっぱなしだからね。手のひらで耳を覆っても、洞窟の中で響くこだまみたいにあいつは鼓膜の内側を暴れ回って三半規管を揺さぶりやがる。そんな時、俺の手足は弛緩してあいつの思うがままになってしまう。糸で引っ張られて踊るだけの操り人形さ。
 腰を振れ、とあいつは俺に言う。もっと速く! 雑念を捨ててリズムに乗るんだ。腕を回せ。肩の力を抜け。膝を曲げて、跳び上がれ。
 あいつの言いなりになって体を動かしていると、未来も過去も視界から消えていく。目の前を通り過ぎる今、今、今の連鎖がすべてだ。現在時制で構成された世界に存在するのは前頭葉に居座るあいつの声と、奴隷になった俺の体だけ。最初は自由意志を捨てるのが怖かったけど、一度慣れちまえば奴隷になるのもそう悪いもんじゃない。苦い記憶に縛られることも、叶わぬ夢に絶望することもない。あいつが出す指令を何も考えずに直感で受け止めればいいだけだ。
 常にあいつを感じていられるようにと小遣いを貯めて買ったiPodはクラスメイトの南野みすずに見つかって献上させられた。奴隷が音楽聴くなんてまじキモいんですけど、というお言葉つきだ。もちろん文句は言えない。学校でも俺は奴隷階級なのだから。でもあいつのいいところはどこにでも持ち運びが可能なことだ。平面の絵や漫画が二次元、立体の彫刻が三次元の芸術だとすれば、時間軸の上にしか存在しないあいつは一次元芸術だ。メロディさえ記憶していれば、いつでもあいつを脳内再生することができる。
 心を静めろ、とあいつは俺に言う。南野みすずや他の女子たちの耳障りな高笑いも、モップ絞り器のどす黒い水に浸された上履きも、火のついた煙草を肛門に押し当てられた時の苦痛と恥ずかしさも、全部忘れていい。あいつの声は人間の言葉とは違う。愛だの正義だのといったきれいごとばかりの歌詞が煩わしくなって、インストゥルメンタルばかり聴くようになっていたからだ。純粋なメロディの強弱、うねりと弾み、音色と響きは歌詞よりもダイレクトに俺の心と体を支配した。
 ある朝、家を出たら中学校とは逆の方向に足が向かった。サボりたかったわけではない。あいつが足をコントロールしているのだ。学校以外のどこかへ、できるだけ遠く、できるだけ楽しい場所へ、とあいつは俺に言う。金を持ってきていないから遊ぶこともできないのに……。足は勝手に米軍基地のフェンス沿いの道を抜け、海辺の繁華街を通り過ぎた。
 海岸に着いたところであいつの声が堤防越しに聴こえてきた。こっちに来い、とあいつが俺に言っている。ドゥク、ドゥク、ドゥクというヒップホップのリズムだ。スプレーで落書きされた堤防から身を乗り出して覗くと、引き潮の砂浜でスピーカーをつなげたMP3プレイヤーをかけて踊っている少女がいた。年は俺と同じくらい。でも制服は着ていない。踊りに神経を集中させているらしく、両目を閉じて日焼け顔に神妙な表情を浮かべている。彼女のしなやかな体の動きはあいつを全身で感じ取っている様子だった。あいつに操られているというよりは、あいつと一体になっている感じがした。両足が砂を巻き上げながら目まぐるしく躍り上がり、頭を激しく振るたびに長い黒髪が宙を舞った。
 曲が終わったところで彼女は音楽を止め、プレイヤーの脇に置かれたペットボトルの水を手に取った。彼女が顔を上げてらっぱ飲みした時、ちょうど俺と目が合った。
 どうも、と俺が堤防に上半身を乗せたままの姿勢で会釈すると彼女はボトルを口にあてがったまま空いているほうの手を軽く上げた。
「すげーな。なんかプロみたい」
「あっちに階段あるから、見たいならこっちに来て近くで見れば?」
 コンクリートの階段を降りて彼女の近くに寄ると、潮の香りに混じってふわっと女子のにおいがした。堤防の上からだと小柄に見えた彼女は俺とほぼ同じ身長だった。妙に親近感がわいた。
「中学生だよね。もしかして君も学校サボり?」と俺は訊いた。
「あんたの質問に答える義務はないし、あんたがサボってる事情も知りたいとは思わない。でも追い払ったりしないからここにいればいい。行くところ、ないんでしょ?」
 ぶっきらぼうな返事だったが、彼女の目には嫌悪や警戒の色は見えなかった。
「じゃあ、今だけ一緒に踊ってもいいかな? 俺のはホントにただの自己流だけど」
「好きにすれば」
 彼女が再生ボタンを押したとたん、あいつが俺の頭に飛び込んできた。彼女の中にもあいつが入った。曲が続くあいだだけ、あいつを介して俺と彼女は同じ線の上にいる。
 踊りながら俺は彼女の動きを目で追った。彼女も俺を見ていた。ドゥク、ドゥク、ドゥクとあいつは俺の中でビートを刻み続けた。


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