micchoさん

「世の中はつまらない小説で溢れている」 「こんな小説なんかより俺の方が数段面白いものが書ける」 小説を書き始めるまではそう思っていました。 まずは全作家の皆さんに土下座して謝りたいです。 あなた方は偉大です。 ふとしたきっかけで小説を書き始めて早半年、 アイデアの乏しさ、ボキャブラリーの貧困さを日々痛感ながら、こうして駄文を量産している次第です。

性別 男性
将来の夢 小説でもプログラムでも、とにかく良いものを生み出したいと思っています。
座右の銘 名誉を愛するものは自分の幸福は他人の中にあると思い、享楽を愛するものは自分の感情の中にあると思うが、ものの分かった人間は自分の行動の中にあると思うのである。

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天女

17/06/13 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 miccho 閲覧数:237

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 真夏の太陽に呼応するかのように、油蝉の鳴き声が辺りに響き渡っていた。
 新太は夢中で自転車を漕いでいた。こんがりと日焼けした肌には、大粒の汗が滴っていた。
 ちょうど発車したところだろうか。一台の古びたバスとすれ違った。硫黄の混ざったような臭いの排気ガスにむせて、新太は一瞬顔をしかめた。
 視線の先に、バス停があった。陽炎が揺れるその先で、白く細い影がこちらに手を振っていた。
 
「わざわざ来てもらわなくてもよかったのに。荷物も大して無いしさ」
 里美はそう言って、申し訳なさそうに笑った。
「構わんて。それより東京の暮らしは?あっちの人は冷たいだろ」
 ふふ、と里美が笑った。
「そんなこと無いよ。最初はとっつきづらかったけど、それはお互い様。一度距離が縮まれば、むしろこっちの人より親切なくらいよ」
 それは新太の期待していた返答ではなかったので、内心肩を落とした。いや、自分は一体何を期待していたのだろう。東京が辛いと弱音を吐いたとしても、それがどうしたというのだ。それなら、こっちに帰ってくればいい?そんなこと、言えるわけがなかった。
「なんだよ。俺の顔に何かついてるか」
 里美の視線を感じた。
「新太は変わらないね。私の知ってる新太そのままだ」
「男がそう簡単に変わってたまるか。でも、里美は…」
 変わった。きれいになった。その言葉を新太はぐっと飲み込んだ。自分にはそんなセリフを言う資格など無いのだ。

***

 一年前。まだ二人が高校生だったとき。新太は里美を夜の浜辺の散歩に誘った。僅かな街灯と星空が照らす薄明かりの中を、二人でただ歩いていた。
 新太はこの頃考えることが多くなった。二人の将来についてだ。
 自分は高校を卒業したら漁師になることに決めていた。そして漁師として一人前になったら、里美と結婚しよう。そう心に決めていた。
 結婚したら、毎朝里美の作った弁当を持って、漁に出かけるのだ。決して裕福では無いかもしれないが、絶対にお金のことで苦労はかけない。漁も一日も休むまい。
 子どもは一人いれば十分だ。新太は一人っ子だから、兄弟のいる家庭のイメージが沸かなかった。里美も同じだろう。
 できれば男の子がいいな。息子も漁師にして、親子二代で漁に出るんだ。
 そうだ、将来はお金を貯めて、船を買おう。里美丸だ。それを息子と二人で乗り回すんだ。毎日新鮮な魚を里美に届けてやろう。きっと喜ぶぞ。

 里美は…。里美はどう思っているのだろうか。

 浜辺をしばらく歩くと、松並木が見えてきた。
「あの松の木ね。あそこに天女が羽衣をかけていたのよ」
 地元に伝わる、羽衣伝説だ。地元の漁師に羽衣を奪われて、天上に帰れなくなった天女の話が里美は大好きだった。
「羽衣を返してもらう代わりに、舞を披露するの」
 そう言って振り付けの真似事をする里美が、たまらなく愛しかった。
 気づけば新太は、里美の細い身体を抱き寄せていた。そして、そのまま唇と唇とを重ねた。果実のような甘い香りが新太の口の中に広がった。自分が慣れ親しんだ海の味とは全く異なった、あたたかで甘美な世界だった。

 どれほどの時間が経っただろうか。
「私、東京の大学に行こうと思うの」
 初めての口づけのあと、里美はか細い声でそう漏らした。
 ずっとこの町で暮らしていけばいい。新太はついにその一言を発することが出来なかった。
「そっか」
 やっとの思いで絞り出した声は、潮騒にかき消された。

***

 里美を迎えに行った晩、新太は里美と二人で浜辺を散歩していた。
 久しぶりに海をゆっくり見たいの、と懇願されたのだ。
「私、東京の大学に行こうと思うの」
 そう言った一年前のあの日、里美は泣いていた。その理由が、ついに新太には分からなかった。
 羽衣を返してもらった天女は、天上で幸せに暮らしたのだろうか。羽衣を奪われた罰を受けてはいまいか。いっそ羽衣を返さなければ…。

「変わってないな。新太も、この海も。とっても落ち着く」
 腕を目一杯伸ばしながら、里美は屈託のない笑顔を見せた。それから、ためらいがちに続けた。
「私ね、向こうに好きな人ができたの」
 月明かりに照らされた里美の顔は、儚げに白く映えていて、今にも消えてしまいそうなほど透き通っていた。
 天女はもう、そこにはいなかった。

***

 翌日、新太は網船に乗り込んで、漁に出た。船に揺られること十五分、漁場に到着した。
 最近は定置網の操作にも慣れてきたところだ。
 エッサー、ホイサー、エッサー、ホイサー。
 掛け声に合わせて、皆でタイミングよく揚網を行う。
 その日の海はとても穏やかだった。水面に乱反射した日差しが眩しくて、新太は目を細めた。水平線の先にはもう朝日が覗いていた。

(了)


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