1. トップページ
  2. 胸で聴く

栗山 心さん

俳句歴15年。

性別 女性
将来の夢 小説家
座右の銘

投稿済みの作品

0

胸で聴く

17/06/12 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 栗山 心 閲覧数:193

この作品を評価する

 うわんとした耳鳴りと胸の残響が収まらない。生で音楽を聴くと決まって、胸の内に音楽が反響して、鼓動とは違ったどきどきがしばらく残る。体まるごと音楽に包まれているような感じ。それが、ドラムやベースが反響したものなのか、音楽を胸で聴いているからなのか分からないが、この余韻が私は好きだった。
 高校から帰宅し制服を着替えると、予備校や友人の家に勉強に行ったふりをして、情報誌であたりをつけたライブハウスを見て回った。たいていは千円程度で数組のバンドを聴いて帰る。ハードロックだろうとパンクだろうと爆音でさえあれば何でも構わなかった。なんとなく居場所が無い。小学校からエスカレーター式に進級した高校では、いじめられているわけではなかったが、やどかりのように息を潜めて暮らしていた。ひとりで行くライブハウスの、演奏が始まる前の一瞬の暗闇がすべてを忘れさせた。
 その日のライブは、土曜の午後、郊外のファッションビルの屋上広場のビニールの薔薇が飾られた特設ステージで行われた。近くの商店街の老舗珈琲屋店が協賛しているらしく、だぶついたチケットをマスターから無料でもらったが、処理に困ったものを押し付けられた、と言っても良いだろう。マイナーな雑誌で名前だけは聞いたことのある、福岡発のロックバンドだった。伝説的なライブハウスに出ていたとかの鳴り物入りで上京し、大手のレコード会社からメジャーデビューした。
 客は私ともう一人の男性。どうやら関係者。これ以上客は増えないと見て定刻にライブを始める気らしい。
 
 ジャーン!
 金髪のギターの派手なイントロに乗せて、ボーカルがやや甲高い声で挑むように歌い始めた。疾走感のあるシンプルなロックンロール。
 福岡から来たバンドは、めんたいロック、と呼ばれ始めていた。明太子から来ているのだろうが男っぽく硬派なバンドが多く、このグループは異彩を放っていた。デヴィッド・ボウイ調の装飾的な服に中世的なメイク、マイクスタンドを蹴り上げれる派手なアクション。演奏は加速する。

 帰りたかった。
 まだ好きにもなっていないどころか、一曲も曲を知らないバンドを一人きりで観るのはつらい。まさかこんな事態になるとは思わず、席を立つことも出来ず、そもそもどこに目をやって良いかも分からない。五人のバンドマンも、なんとなくふわふわと視線が定まらない。知らないで屋上に上がってきたカップルが、慌ててUターンしてエレベーターに乗り込む。ステージ奥では掃除のおじさんがゴミ箱を片付けている。装飾用のビニールの薔薇が風に揺れた。更に演奏は加速する。
 ドラムスが的確に力強くリズムを刻み、ベースは背後から俺がバンドを支えてるんだ的な高圧的で孤高のオーラを醸し出し、二人のギターは絡み合って高みを目指し、焚きつけられて、更にボーカルは艶を増す。絡み合い、睦みあい、至福の時を迎えるはずであった。
 音楽は飛んで行った。風に乗っててんでばらばらに。はじけ飛んだ音楽の欠片は、あるものは屋上の片隅に吹き寄せられ、あるものは隣のパチンコ店の看板に引っかかり、あるものはどこまでもどこまでも飛んでいった。
 この日どうやってライブが終わり帰宅したのか記憶がない。うわんとした耳鳴りとどくどくとした胸の残響だけがあった。確かに音楽を聴いていたはずなのに。

 そのライブ直後、バンドはミュージシャンを多数起用した映画に出演、映画のヒットで一世を風靡したかに見えたが、バンドとしては伸び悩み、二年足らずの活動期間で解散した。ボーカルは俳優に転身、折からの若者向けドラマブームに乗って見る間に人気俳優になった。バンドのメンバーの不仲や事故死もあってバンドが再結成されることはないだろう。
 博多から夢いっぱいに上京し、初めてのライブのあの日、バンドがやがて無くなることは、きっとこの時すでに決まっていた。
 屋上広場はライブをやるのを止めた。その場所はテニススクールになり、フットサル場になり、今はヨガスタジオになったということだ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス