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どようびさん

おかしな物語を書きます。

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奇妙な街

17/06/12 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 どようび 閲覧数:177

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『音楽は人の心を一つにします』
 その掛け声と共に、テンポの良い音楽がリビングに響き始めました。
 私はその時偶々リビングに居合わせていたのですが、この番組は地方の教育番組としては人気が高く、意識的に見ていた人も多かったと思います。画面の中で快活なお兄さんたちがリズムに合わせ揃って踊っており、やけに笑顔が強く印象に残りました。彼らに合わせてのろく動く母を見て、たくさんの人が今こうしているのだろうなと思いました。その時私はデザートのプリンを食べるのに夢中でしたから、ぼうっと、テレビの内容には目もくれず、ただ、母の大きく動く肥えた尻を観察していました。
 この日からだったと思います。この街が奇妙になったのは。
 私は密かにこの日を例の日と名付けていました。しかし、他の人にばれてはいけませんでした。何故かと言いますとこの街の人は皆、この日を『感謝の日』と呼んでいたからです。
 異変は徐々にこの街を蝕んでいきました。
 例の日から幾年が経ち、私は社会人になっていました。
 朝早くに家を出ては噎せ返る人ごみの中に紛れて職場へ向かうのです。
 今日も例に洩れず早朝、急ぎ足で最寄り駅まで向かっていたのですが、しかし、いったいおかしいではありませんか。
 周囲どこを見渡しても皆、リズムに乗っているかのように動いているのです。誰もヘッドホンやイヤホンを装着しているようではありませんし、ましてや、どこかが大音量で音楽を流しているなんてこともありません。皆が一定の動きを予め打ち合わせたように、何かの音楽に合わせるように、毎日、そうしているのでした。その動きにはどこか見覚えがあり、例の日の踊りを幾らか拝借しているのでした。
 こうした現象はもう長く続いていました。
 私はそれが奇妙で仕方なく、初めて見た日の夜に何故こういうことが起こっているのかと母に尋ねました。母は、街で見たその動きを真似しながらこう答えました。
『テレビでもお兄さんたちが音楽は人の心を一つにすると言ってたでしょ? リズムに心が乗ると、自然と体もついてくる。それが他人と同調すると、その人と心を通わすことができる。それが街全体に広がると街が一つになれるの。あなたも街の一員として、自覚を持って皆と一つになるの。一人ただ目立つだなんてそれこそ『奇妙』よ』
 私は訳が分かりませんでした。その言葉に背いて以来、私は母とまともに言葉を交わしていません。意味も音楽すらもなくリズミカルに動くその様子はどうにもおかしく、シュールで、私はどうしてもそれが理解できないのでした。そうしていると時折声を掛けられ、あなたも一緒にどう? なんて誘われるのです。それを断ると決まって反逆者でも見つけたかのように周囲の人が鋭い視線の一瞥をくれるのでした。
 数時間かけ職場の付近まで着き、残りの道を歩いている時でした。『皆で助け合おう』と書かれた張り紙の近くに一際動きの激しい女性がいました。
 一つどうしても良くないと思われる個所があり、私は意を決してその人に話し掛けてみました。
「あの、少しいいですか?」
「はい?」
「あの、その子まだ小さいですよね。あまりそういうことをしては駄目なんじゃ」
 その女性はまだ四、五歳ほどの子を抱えながら狂うように踊っていたのでした。私がそれを咎めると、その女性は細い体から絞り出すように笑い、こう答えました。
「いいんですよ。この子が腹を空かして泣いていたもんですから、この街の踊りを覚えさせてやってたんです。この街の音楽は良い。一緒に動くだけで幸せになれる。この子もきっとすぐに空腹なんて忘れてこの街の一員であることの幸福に気が付くのです。なんてったって、『あの日』以来、お金が無くて。こういう助け合いの看板を見つける度に近くで踊っては恵みを頂いているんです。あなたも『あの日』の苦しみを分け合った一人でしょ? さあ、私を助けてください。この街は助け合いでできているんですから」
 私はすぐ様その場を去りました。例の日と、忌まわしき『あの日』が私の脳裏を攪拌していました。
 私は徐々にペースを上げ、気付けば、少しのリズムが生まれていました。久々に走ったこともあって、私はなんだかそれが楽しく、少しテンポよく地面を蹴っていました。
 気付いた時には手遅れでした。脳内で懐かしい音楽が流れ出し、体力の限界も超え、スキップしていました。だんだん脳裏がこの街の音楽に、この街の鼓動のリズムに浸食されていきました。次第には体も踊るように動いていて、嗚呼、これがこの街の心地良さなのだと悟りました。
 私は既にこの街のリズムに蝕まれていました。頭の中に何か『音楽』が流れ今まで記憶が葬り去られるようでした。私ももうこの街のメロディーの一部でした。これが『音楽』の快さなのです。
 この日から記憶は妙に希薄になりました。


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