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かわ珠さん

自分の好きな作家さんの言葉のチョイス、並べ方、区切り方、リズム、テンポに少しでも近付けるような文章が書けるようになりたいです。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 愛は時空を超える

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崩壊カプリッチョ

17/06/12 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 かわ珠 閲覧数:140

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 僕の耳は、言葉を理解することができない。
 音は聞こえるのだ。
 鳥が鳴く声も、飛行機の轟音も、街の雑踏も。人の声だって。けれども、言葉を意味のあるものとして捉えることができない。文字を読むのは問題がないというのに。
 けれども、そんな僕にも特技がある。音は聞こえるけれども、言葉は理解できないという特性を持っているからこそ得ることのできた特技なのかもしれない。
 僕は歌に込められた感情を読み取ることが得意だった。
 ああ、今、彼は恋について歌っているのだ。彼女は感謝の気持ちを歌っているのだ。このグループは悲しみを克服しようと歌っているのだ。このデュオは世界平和を祈りながら歌っているのだ。
 という具合に。
 歌詞はわからなくても、その歌声に込められた思いが手に取るようにわかる。そして、あとからその歌手が歌っていた曲の歌詞と、その曲を歌っていた時の感情が食い違っていたりして、非常に興味深かった。
 そしてそれが面白くて、僕はストリートで歌う歌手の歌を聞くのが好きだった。テレビで見る歌番組で歌う歌手はあまり歌に感情が乗らず、面白くない。けれども、ストリートで歌う人たちはみんないろんな感情を歌にぶつけている。聞いていて楽しいのは断然こっちの方だ。
 ある日、一人の女の子が歌っている場に遭遇した。
 ポップで軽やかな曲調。明るくて透き通るような歌声。立ち止まる人は彼女と同世代くらいの若い女の子が多い。それなのに、彼女の歌声に込められた感情は“怒り”だった。それは絶望を嘆くような、黒い暗い感情。その歪さが面白くて、僕は足を止めた。
 彼女は長い髪を汗で頬に張り付け、笑顔で歌いながら、怒りを吐き出し続けていた。
 そうして彼女のパフォーマンスが終わり、片付けをしていたところで僕は声を掛けた。特に意味は無い。時々、面白い歌手がいるとつい声を掛けたくなってしまうのだ。相手の言葉は理解出来ず、いつも一方通行の会話だけれども。
「こんばんは」
 彼女は片付けを続けながら、こっちなんて見向きもせずにぼそぼそっと何か言う。何を言ったのかはわからない。けれども、僕は続ける。
「どうしてあんなに怒りをぶつけながら歌っていたの?」
 と。
 そこで、彼女は動きを止めた。そして、驚いたような表情を浮かべながら僕の顔を見た。彼女はまた、何か言っている。残念ながら、彼女の言葉はバラバラと崩れていく。
「まあ、でもよかったよ。面白かった。これからも頑張ってね」
 そう言って、僕はその場を立ち去った。どうせ、彼女との会話は成り立たない。相互理解が不可能なのだから、長居をする必要性はない。僕はただ、自分の自己満足のためだけに彼女に声を掛けただけだ。
 立ち去る僕の背中に、彼女の大きな声が届いた。別れの言葉でも言ったのだろう、と僕は思い、右手を小さく挙げた。
 翌朝、新聞に十代の少女が両親を刺殺したというニュースが一面に出ていた。現場もウチに近い。物騒なものだ。と、思いながら僕はコーヒーを口につける。

   *   *   *

 その日も私はいつものようにギターをかき鳴らし、路上で歌を歌っていた。いつものように、ポップでキュートな曲調に甘ったるい歌詞を乗せて。
 私の曲は若い女の子が好きなタイプの曲だろう。けれども、本当は私の曲はとてつもなく汚い。歌詞に隠喩や比喩をこれでもかと盛り込んで、恋の歌に見せかけた欲望の歌だったり、絶望の歌だったりする。
 私の両親はクズだ。殺したくて殺したくて仕方がない。そんな負の感情を込めて歌っているのに、同世代の女の子たちが凄くいい曲ですね、と褒めてくる。正直、ちゃんちゃら可笑しくて、反吐が出そう。
 そんな私の歌を本当の意味で理解できる人間なんていないと思っていた。けれども、その人は私の歌を見抜いたのだ。
 歌い終わって、片付けをしていた私に、その人はこんばんは、と声を掛けてきた。どうせ、貴方の歌に感動しましたとか言ってくるような奴だろう、と私はその人の顔も見ずにこんばんは、と返した。けれども、その人の次の言葉に、私は心臓を掴まれた。
「どうしてあんなに怒りをぶつけながら歌っていたの?」
 と。
「貴方、私の歌の意味がわかるの?」
 思わずそう訊ねたけれども、その人は私の言葉なんて聞こえてないみたいに言葉を続ける。
「まあ、でもよかったよ。面白かった。これからも頑張ってね」
 と、そう言ってその場を去っていく。
 けれども、私はこの人に聞きたい。私の本質を見抜いた、この人のアドバイスが欲しい。
 その背中に、私は大声で叫ぶ。
「私は私の思うままに行動するべきですか?」
 その人は振り返りもせずに右手を小さく挙げる。
 それで決心はついた。私は私の思うままに行動する。
 その日、私は包丁を片手に両親の寝室に忍び込んだ。


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