1. トップページ
  2. 命ある所、星

時雨薫さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

命ある所、星

17/06/11 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:2件 時雨薫 閲覧数:296

この作品を評価する

 奇妙な生物群だった。ポリエチレンをエネルギーに変える。神話が伝えるところの人類が植物の化石を消費して生きていた時代に、人類の造りだした環境に適応した進化した生物、ヤンはそう推測する。夢想的だ。人類が過去の生物の遺物を掘り出して生きていたなんてことがあろうか。
 私とヤンは砂浜の上を歩いている。私が足元の白い砂を両手にすくった。指の隙間から粒が漏れる。
「気をつけろよ。粒子が部品の間に詰まったらどうするんだ」
「その時はあなたの手を借りていい?」
「それじゃ二人で来た意味がないだろう」
 ヤンが口を酸っぱくする。
「機体が複数用意される惑星探査なんて滅多にないんだ。この探査はそれだけ重視されてる」
 ヤンの小言を聞くのはもう五日連続になる。
 ヤンの言うことも分からないではないが心配しすぎだ。この手が砂くらいで不具合を起こすとは思えない。とても精巧だ。生身の手より力が入ることは勿論、細かい作業もできる。頑丈だ。
「俺たちが没入している探査機一つ作るのにかかる金でどれだけの難民が救えると思う?恒星系の二つや三つ簡単に賄える」
 ヤンの論法は汚い。そんなことを言うのは、恒星系をまたいで富を分配できるシステムを作ってからにしてほしい。けれど、正面から反論するのも疲れるので、私は彼を煙に巻く。
「私ね、この手でヴァイオリンが弾きたいと思う。きっと生まれつきの手よりずっとよく弾けるよ。素敵でしょ」
「もったいない使い方だな」
 確かに、その通りだ。楽器を弾くだけならよく出来た義手を使えば十分だろう。夢のない話だ。
「任務が終われば機体を残して意識だけおさらばだ。母星へつけば生身の脳みそと意識が統合される。それまでの仮の体だ。任務以上のことを望むな」
「結局捨てちゃうんじゃない」
「それまでは大事に使えと言ってるんだ」
 ヤンがケーブルを私の腰に接続した。ヤンの声がマイクを介さずに聞こえる。
『じゃあ、予定通り頼むぞ。無理はするな』
『了解』
 胸が海に浸るまで水中を歩行してから、私は潜った。瞼を上げれば、原始の海。環状生物たちが地上を這う。
 水面から降り注ぐ光が海底に影を作る。変化に富んだ地形だ。岩の隙間ごとに生命が蠢いている。母星にいる私に見せてあげたい。今もきっと大学でつまらない研究をしているのだ。
『ヤン、綺麗だよ』
『美しいが油断するな。何が起こるか分からないからな』
『つまんない人!』
 ヤンにも少しくらい感動する心というものがあって良いと思う。同じ軍人でも私の父はもっと感情が豊富だ。
『あぁ!』
 ヤンが叫んだ。
『何、どうしたの⁉』
『今、十時の方角を大型生物が通った』
『追跡する』
 そいつを視界にとらえた。ヒレも四肢もない縦長の生物が体をくねらせて泳いでいる。優雅だ。その生物の泳いだ後に波が起こる。海の中で受ける波というのは妙な感じだ。重さのある風と言おうか。
『後ろ姿ばかりじゃ資料にならないでしょ。並走するね』
 全貌が見えた。紫の大きな目が一対。長い髭を揺らしている。ゆっくりと泳ぐ。
『ヤン、次は何を』
『あぁ、…食性が……な、……』
『ヤン?よく聞こえない』
『……』
 通信が完全に途切れた。無いはずの心臓が高く鳴る心地がした。その生き物との別れを惜しみながら、私はケーブルをたどり陸へ帰った。
 陸の天気は来た時と同じ。恒星の光が燦燦と照りつけている。ヤンがケーブルを握って機能を停止していた。
 磁気嵐だ。それも予想外の規模の。
『ヤン、ヤン!聞こえてる?』
 ケーブル越しの声は心もとない。深呼吸ができないのがもどかしい。どうやって落ち着けというんだ。緊急時用のマニュアルを呼び起こした。人格格納デバイスを取り出せという。ふざけるな。
 ヤンの両耳の裏を押しながら、股を蹴り上げる。アナログなうえに下品だ。ヤンの胸から小指くらいの大きさの筒が飛び出した。
 自分の胸部のハッチを開け、それを第二スロットに挿入した。視野を赤文字が覆いつくす。
『ヤン、生きてる?』
『……あぁ。生死という概念は今の俺たちにうまく当てはまらないがな』
『良かった!』
 抱き締める物が無いので、とりあえず自分に両腕を回す。排気が温かい。
『ヤン、あんた何か言うことあるでしょ。誰が助けてやったんだ』
『あぁ、ありがとう』
 ヤンの探査機に大きな損傷はなかった。適切な工具を自作すれば、問題なく修理できる。それまでは多少窮屈だが相乗りだ。
『ヤン、あの生物の様子はどこまで見えてた?』
『お前が引き返すところまでは薄っすら』
『あいつも私たちも生きてるんだよ。すごいよね』
『ハァ?』
 ヤンには理解できないのかもしれない。
 私は私の機械の腕を撫でた。命が何なのか、どこにあるのか分からなくなった。けれど、とても満ち足りていた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/06/13 時雨薫

スマホで見ると「何、どうしたの⁉」の⁉が文字化けするようです。
普通の!と普通の?との合字です。
環境依存字なんて使うんじゃなかった。
(時雨)

17/06/14 時雨薫

もう一つ間違いを発見。
×環状生物が地上を這う。
○環状生物が海底を這う。
凡ミスの多いことだな。

ログイン
アドセンス