W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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巡礼

17/06/11 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:283

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 ダクラは、そのしなやかに締まったあしを、力強く前に踏み出した。
 いくら地面がごつごつした石や、化石化した貝やサンゴの林におおわれていても、かれの前進はつねに揺るぎない自信にみちていた。
 さいしょのうちかれひとりだったこの巡礼の旅も、ながいあいだにはどこからともなくあらわれた、やはりおなじ目的をもった連中が、ひとりふえ、ふたりふえしながら、しだいにその数を増していった。
 トカゲ族とおもわれる、なめらかな皮膚をもった女が、ダクラのほうに意識的にちかづいてきた。
「あなたのその瘤みたいなの、なんだか重そうだわ」
 不躾なそのくちぶりには、しかし悪意はひとつもかんじられなかった。薄いショール風の衣服の下から、黄色味をおびた乳房がのぞいているのにも、本人はまったく頓着していない様子だった。
「この瘤が俺の命を、つないでくれているんだ」
「そうだとおもったわ。でなきゃ、このかんかんに照り付けるひび割れた大地のうえを、ここまで歩いてくるなんて、不可能ですもの」
 いいながら彼女は、薄い唇のすきまからおそろしく長い舌をつきのばして、体毛のない頭部に付着した水滴を、ぺろりとなめた。彼女がこれで水分補給をしているのはあきらかだった。
「ほら、あれをみて」
 彼女の、縦に細くひらいた瞳孔が、数メートルさきによこたわるものを捉えた。
 そこには、鼻長族の三人が、その巨体の重みに押しひしがれるようにしながら倒れているのが見えた。
「途上死だ。気の毒に」
 これまでにもダクラは、途上死の現場に、なんども遭遇している。かれらの体はどれも、長い進化のうちに大気中から水分を摂取できるように巧みに変化して、一滴の雨もふらないこの地上を生き抜くようにできているはずなのに、やはりここの環境は想像以上に過酷なのだ。
 そんな途上死が一向減らないにもかかわらず、文字通り命がけの巡礼者が、数を減らすどころか年々増大しているのは、やはりダクラのように、死ぬまでに一度でいいから、『海』をみてみたいというはげしい願望があるからにほかならなかった。
 『海』が地上から姿を消して、すでに久しい。誰も、『海』がこの世界からなくなるなど、おもってもいなかった。人間による無謀な環境破壊、急激な太陽の活発化、さまざまな原因が考えられたが、海が後退していく速度は誰の予想よりもはやく、気がついたときにはそれを阻止するいかなる手段もなくなっていた。
 多くの者たちが生き延びるためにその体をしだいに進化させていった。 周囲をゆく、ダクラ同様大きな瘤をせおった連中や、甲殻類のような堅い外皮におおわれた者や、彼女のようなトカゲ族―――その一見異常ともいえるみかけこそが、この強烈な陽ざしがふりそそぐ、乾ききった大地での生存を、可能にしていた。
「あ」
 鼻長族のひとりが、何メートルもある鼻を高々とさしのばして、すさまじい音を響かせた。その鼻先のさししめす方向に、きらりとひかる場所があるのをみんなはみとめた。
 ダクラの心ははやった。多くの巡礼者が、追い求めてはたせなかったものが、いま、あそこに―――
「海だ」
 みんながいっせいにかけだした。 もはやどんな障害物もかれらをとめることはできなかった。
 かれらはたちまち、目的の場所にたどりついた。
 それはほんのわずかな水たまりにすぎなかった。しかしこの地上のどこをさがしても、これだけ水がたまったところはけっしてみいだせないだろう。
「ほんとに海なのね、これが………」
 こみあげる感激に彼女が喉をつまらせた。
「そうだ。最後の海だ。昔はまんまんとたたえていた海水の末期の姿だ。これが干上がったら、文字通り海はこの地上から完全に消滅したことになる」
「つよい潮の香りがする。それに、潮騒の響きが………」
 誰かがつぶやいた。それはおそらく、かれらの心の奥底にひそむ、太古の海への憧憬がもたらした幻影にちがいない。しかし誰もが一心に、その香りを嗅ぎたいために、その音を聞きたいために、全神経を傾けていた。
 かれらはこの『海』を味わいたい気持でいっぱいだったが、誰も一様に、一滴でも『海』を損なうことを恐れるかのように、水に手をいれるものはなかった。そのかわりに、鏡のような水面をのぞきこんでは、そこにうつるじぶんたちの姿にみいりだした。
 かれらはそこに、らくだを、爬虫類を、象を、その他この渇いた大地に奇跡的に適応することができたじぶんたちの原初の姿をある種の懐かしさをこめておもいえがきながら、ここにくるまでの、気の遠くなるような長い道のりを感動とともにふりかえっていた。
 そして誰ひとりとしてそこに、ひとり人間がいないのを知っても、悲しんだりするものは無論いなかった。


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