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忍川さとしさん

創作趣味に目覚めたのは、ブログ活動の結果です。

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音痴の恋歌

17/06/11 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 忍川さとし 閲覧数:188

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 思い返せば小学生の頃。
「好きな教科」と問われたら、「音楽」と即答していた私は、見事な音痴を惜しげも無く晒していた。
 しかし、中学にもなると『好きな教科』は、イコール『得意教科』と意味を変える。
 数学が好きだと言う者は超難問をスラスラできたし、美術好きを公言する者の絵は、カンバスが輝いていた。音楽の好きな者は、やはりなにか楽器ができたし、歌えば惚れ惚れとする美声だった。
 私は好きな教科を、答えることが無くなった。
 それでも、音楽が好きだった私は、それを隠しこそすれ捨てることは無かったのだが、ある夏休みのカラオケパーティーが、私から全てを奪っていった。
 かなり控えめに、小さな声で歌ったのに、私の音痴は皆の耳を捉えて離さない。
 私は、歌っているのではなく、緊急災害通知でもしているような気分だった。
 無論、災害は私の歌である。

《あの子、あれで音楽好きらしいよ!? すごくない?》
《笑っちゃ悪いよ、一生懸命なんだから――》

 指摘もフォローも、区別がつかぬほど傷ついた私は、二度と歌わぬ事を心に決めた。
 そして何年か過ぎ、私は大学へと入学していた。


「歌が好きなんだって。カラオケのはしごとかして、《カラオケあらし》の異名を持つ程らしいよ」

 キャンパスに響く、おせっかいな友人の言葉が、入学早々私の恋を消しさった。
 だけど友人を責めることは、もちろん出来ない。告白出来ない自分に意気地がないだけのことだ。
 私は、『好き』をインプットしても『アウトプット』のできない性分になっている。
 歌うことが好きなのに、歌えなくなった中学のあの日が、思い出された。
 思えば高校時代も、私は幾度か『好き』を手放している。
 恋が出会いで完結するなら、どんなにいいか。出会いのあとで渦巻く情報は、まるでズレたコーラス。

《自分より背の高い人はダメなんだって》 ――私はスポーツもしないのに背が高い。
《ショートカットの娘が好きなんだって》 ――長い黒髪は、私のささやかなアイデンティティーだ。

 私はいつも、歌えるパートがない。
 でも今回のコーラスは、ほんの少しチャンスがあった。

「カラオケとか誘って、みんなで行こうか?」

 友人とはありがたいものだ。私の頭には、もうお気に入りな歌が再生されている。
 決してアウトプットされない歌が――。
 ところで、大学で出来たこの友人は、私が音痴な事をまだ知らない。


 数日後。好奇心と行動力で鳴る友人は、さも当然とカラオケの約束を取り付けてきた。

「あたしは歌、下手なんだ。裏方に徹するから、ばんばん歌いなよ!」

 歌が下手と公言する者に、音痴はいない。むしろ上手な場合が多い。
 そんなひがみもあったが、私のためにここまでしてくれたのを、無下にはできない。
 約束は明日の夜。
 私はとにかく特訓することにした。歌詞を暗記している大好きな歌を二、三曲、せめて『下手の範囲内』で歌うことが出来るようになれば、なんとかなる。
 思い切ってその事を友人に明かすと、快く協力を申し出てくれた。

「だいじょうーぶ! あたし、絶対に笑ったりしないから。がんばろ?」

 私たちは早速、約束のカラオケ店へと向かい、明日予約している部屋に入った。
 歌の特訓はもちろん、当日のリハーサルも兼ねている。
 その時間はいかにも深刻で、私の歌はしめやかさを帯びる事には成功したかも知れない。
 友人は笑わなかったが、それ以外の感情も凍りついていたように見えた。

 
 いよいよ当夜。運命のカラオケパーティーは瞬く間に過ぎ去った。
 告白などとんでもない。私は、自分の音痴と向き合う事に一杯だった。
 しかし、久しぶりに人前で歌えた事はなんだか心地良く、その高揚は帰宅した後も変わらなかった。
 それにしても、私はなぜこうも、音楽が好きなことにこだわって来たのだろう。

《とても個性的でいいね。なにより元気がいい。歌が好きだって気持ちが、よく伝わるよ》

 私の歌を褒めてくれたのは、小学校の音楽の男先生だった。音痴だった私を褒めてくれた、この先生のことが、私は好きだったのだ。
 小学生の私が、歌に情念を込めていたはずもない。
 でも先生には、何かが伝わったのだ。
 私は今夜、歌に色んな思いを込めていたつもりである。
 あの人に、何か伝わったのだろうか。
 私は部屋で一人歌いながら、あの人からのラインを開けようかどうか、悩んでいる。
 自然と出るハミングは、やっぱり音程を外しまくっていて、私は思わず微笑んだ。


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