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家永真早さん

ブロマンスやロマンシスが書きたい。 何気ない日常や、日常の中の非日常を書くのが好きです。 http://ienagaworks.php.xdomain.jp/

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人魚教授

17/06/09 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 家永真早 閲覧数:274

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 夏休み、実家に帰省した千紗は一人、浮き輪で海に浮かんでいた。離岸流に乗ってしまったのか、気付くと随分沖まで流されていた。浮き輪を降り、泳いで戻ろうにもなかなか進まない。慣れ親しんだ海だけれど、自然の力は大きかった。
 ライフガードの小舟が見え、助けを求めようとした時、大きな魚影が高速で千紗に向かって来た。
「うえっ!?」
 逃げる間もなく魚影は千紗の浮き輪を“掴み”、千紗もろとも浜へと引っ張って行く。
 人気の少ない入り江の浅瀬で浮き輪は解放された。
「ありがとうございます……」
「大丈夫だった? 急にビックリしたでしょ、ごめんね」
 千紗を引っ張って来たその人は白い歯を見せて笑い、後ろ向きになってお尻を引きずって浜に上がった。
「人魚だぁ!」
 その人の下半身を見て千紗は目を丸くする。海から現れたのは、まるで魚の尻尾だった。
「でも、こんなオッサンだけどね」
 自身を指差し人魚はまた爽やかに笑う。長い髪に花飾り、貝殻の水着、おとぎ話で描かれるそんな人魚とはまるで違う風貌だった。浅黒い肌に白髪混じりの短髪、無精髭を生やした顔には小じわが見える。つまり、端的に言って、オッサンなわけだ。
「人の少ない所に連れて来ちゃってごめんねー。変なことしないから。ってそのほうが怪しいか」
 また笑う。底抜けに明るい人魚だった。
「尻尾見せて下さい」
「いいよいいよ、カッコいいでしょ」
 不躾なお願いだったけれど人魚の返事は快い。遠慮なく千紗はその尻尾を観察した。腰あたりから虹色に光を反射するの青い鱗が始まり、先端にかけて次第にグラデーションがかかり透明になっていた。尾の先は5mmくらいの厚さがあり、意外としっかりしている。
「人体の構造からすると尻尾を上下に振る運動の方が泳ぎ易いから、尾びれは水平になる。魚よりはクジラとかイルカに近いかな。このほうが見た目もいいよね。あと座りやすいし」
「なるほど」
「この鱗はね、ちょっと俺の自慢。綺麗なだけじゃなくて、砂が付きにくいの。泥だらけの人魚じゃ嫌だもんねぇ」
「そうですねぇ」
 千紗が尻尾を眺める間、人魚の説明は止まらない。喋りたがりの人魚の話は面白かった。
「あれに乗って来たんですよね?」
「えー、何のこと? 俺の家は海の中だよ」
「有名ですよ、人魚教授」
「そうなの? うそー知らなかった」
 白々しく返すこの人魚は実のところ本物の人魚ではなく、人の下肢に魚を模したロボットの尻尾を人魚のように装着し、高速泳や自在な泳法を実現させる研究をしている人物で、流体力学だとか生体機能工学だとか人間工学だとかをとある大学で教えている教授でもあった。通称「人魚教授」に千紗は今日初めて会ったけれど、少し前にテレビで取り上げられたり、自ら「人魚教授」を名乗るSNSでのフォロワーも数千人の有名人である。夏には色んな海で泳いでいるらしく、今日も「人魚なう」と呟いていた。場所は明言していないので、この海だとは千紗は知らなかった。しかしながらウェットスーツにゴーグル、シュノーケル、防水バッグを装備した姿は、とても海に住む人魚とは程遠い気もした。
「では、真の姿を見せてしんぜよう」
 仰々しい口調とは裏腹に、尻尾を引きずるちょっと格好つかない姿で教授はさらに浜を上がり、千紗が「あれ」と示した、水際から離れた所に置いてあるセグウェイの傍で止まった。
「トランスフォーム!」
と言いつつ、手動で尾びれを外す。太ももから先のない足が現れた。
 それから、セグウェイに積まれた義足を引っ張り出して、
「装着!」
と変身ヒーローみたいに言って両足に装着する。
 義足は金属製のような骨を透明なプラスチックのような薄い板で囲う形になっている。膝裏や足首はプラスチック板がギャザー状になっていて、曲げ伸ばしに支障が少ない構造だった。
「よいしょーっ」
 言いながら、教授は膝を曲げ足の裏を砂浜につけて、前ならえの格好で上半身を前に傾けた。お尻が浮き、それからすっかり膝が伸びて立ち上がる。
「この足にはセンサーがついてて、体重移動とかを検知して、難し〜い技術で立ち上がる動作をしてくれる仕組みで、ちなみに後ろに傾いたらちゃんと座れもする。あとね、これ秘密だけど、元々の俺の足よりちょっと長く作ってある」
 人魚の尻尾を拾い上げ、義足と交替でセグウェイに積みつつ、こなれた小ネタを仕込んだ教授の解説は続いた。
「足を得る代わりに人魚が声を失ったなら、魚の尾を得るために人間が失うものは何だろうねえ」
 青い尻尾に手を置き教授は呟く。千紗は首を捻ってから少し考え、それから答える。
「……失うと言うか、いっぱい喋るようになるのでは」
「確かに!」
 教授はどうやら自らのお喋りを自覚していたようで、「うまい」と笑った。


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