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糸白澪子さん

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Background Music

17/06/08 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:2件 糸白澪子 閲覧数:362

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 雨が激しく降っている。
 誰もいないローカル線のプラットホームでは、そこいら中、雨の存在感で満たされている。大粒の雫が駅舎のトタン屋根を叩く。雨樋は勢いを含んだ水流を抱えてはちきれそうに唸る。プラットホームから線路を覗くとそこはうっすらと洪水していて、新たな雨粒によって水面はうねりを帯びている。風が、豪、と空気を荒らしていく。
 その風景を、私はオレンジ色のベンチの上で眺めていた。
 ずぶ濡れのスニーカーと靴下を脱いで、ベンチの上で三角座りしている。イヤホンからは音楽プレーヤーで1曲リピートさせた歌がながれ、鼓膜の手前で雨の音と混ざる。スマートフォンを開くと、50分前のLINEのやり取りが現れる。「すまん、電車動きそうにない。帰っててもいいよ」どうやらあの人の乗った電車はどこぞの駅と駅の間で立ち往生しているらしい。そのメッセージに対する返信は「ううん、待ってます」にした。だから、私はここに居る。
 だって、あなたが頼みごとしたの、これが初めてだし。
 1時間ほど前、めずらしくあの人からメッセージが来た。
「伝えたいことがあって、あの駅に来てほしいんだけど、時間あるかな」
 伝えたいことって何?もう文面でもいいから今言って。聞きたい気持ちをこらえながら「大丈夫です、いきます」とだけ送信して、スマホと、定期券、側にあった音楽プレーヤーとをポケットに入れ、適当にビニール傘を傘立てからひったくって家を出た。あれから雨脚は強くなる一方だ。
 イヤホンから流れる歌声はエレキギターのリフに乗ってゆるやかに脳内に溶けていく。初めてあの人と二人きりで会った夜も、待ち合わせの場所までの道のりはこの曲を聴いていた。あの日、実は誘った私よりもあの人のほうが緊張していたのではないか、と思うことがある。さして理由はないが、そんな気がする。話題に困ったらどうしよう、なんて考えていたが、二人が同じバイト先で勤めているおかげで話が途切れることなくお互いけらけら笑っていた。でもたまに、そう、たまに、少しずつあの人は自分のことを打ち明けた。中学以来、まともに学校に行かなかったこと。結果、高校を中退したこと。未だにフリーターとして生活していること。就職なんてできそうにもないこと。自分が、社会の底辺で生きていること。
 そうやって小出しに自身のことを話すあの人は、伏し目がちで、まるで罪の告白でもしているかのようだった。
 きっとあの人は気づいていない。あの人の身の上がどうであれ、私にとっては何てことないことを。社会的な違いなんて、私にとっては意味を成さないことを。偶然、私はうまいことそれなりに良い大学に通っていて、偶然、うまいことトントン拍子に生きていて。すべて偶然の産物でしかなくて。だから、あの人が少しずつこぼす全ての言葉を、一つずつ私は拾って、頷いていた。
 それなのに、デートに行ってからというものの、あの人はまともに話しをしてくれなくなった。極力目が合わないように避けられることもあった。そして、それとほぼ同時にまことしやかに流れた噂がひとつ。
「あの人、就活し始めたんだって」
 雨の音がする。だがさっきまでと違って、その音はイヤホンの音量に隠れつつある。風が吹いている。それもさっきまでとは違って頬をなでるように過ぎ去っていく。私は背を丸めて、いっそう小さくベンチの上に収まる。好き。好きだ。あの人が好きだ。5歳上の、はにかんで笑う、いつも私を心配してくれる、人と接するのが苦手な、それでも不器用なりにいつもつぶさに私に手を差し伸べてくれるあの人が、好きだ。だけど、それだけでは越えられないものがあると知った。壁というよりも川にちかいそれは、確実にあの人と私の間にある。それが社会とか、将来とか、そういうものでできていることも何となく判った。きっと、これから歳を重ねるごとに誰かと恋をするとき、この川は広く、深くなっているのだろう。
 スマホが、ゔ、と震える。あの人からだ。「ごめん、ようやく着く」あの人を前にして、私はどうするんだろう。わからない。でもきっと、笑顔でいよう。そして今日こそ伝えなきゃ。目の前の川を渡るのも「好き」って言葉のはずだから。
 おおよそ1時間半遅延の電車がプラットホームに流れ込む。満員の電車の中からあの人が泳ぎ出てくる。彼は三角座りのままの私を見つけて、歩み寄る。イヤホンを外した私の耳には、曲の最後のギターフレーズが耳に名残を添える。彼は私との間に少しだけ間を取って視線を逸らす。
「ごめん」
彼の、今日の何回目かの謝罪。私はうまく笑えているだろうか。
「待ってましたよ」
どこか雲間から、光が射してきた。

 fin.

 米津玄師氏の楽曲『花に嵐』(2nd AL『YANKEE』/2014.4.23)に敬意を表して


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このストーリーに関するコメント

17/06/08 糸白澪子

作中の「三角座り」とは、「体育座り」のことを指します

17/07/24 光石七

拝読しました。
柔らかく優しい物語ですね。
丁寧で温かみのある文体で主人公の心情が繊細に描かれており、引き込まれました。
川、渡れたらいいなあ……
『花と嵐』を初めて聴いてみましたが、深みのある素敵な曲ですね。
素晴らしい作品でした!

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