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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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名のない思い出

17/06/07 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:353

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 この世にバイバイ手を振るつもりなんて毛頭なかったけど、ほんのちょっぴり自暴自棄になっていたのは確か。
 友だちと喧嘩したこと、部活で調子が出ないこと、テストの点が悪かったこと、そのせいで母親に叱られたこと。
 良くないことがいっぺんに背中をドーンと押すもんだから、私はその勢いで自転車に乗ると、全力でペダルを漕いでいた。

 車に並んで国道を走り、三十分かけて高校から一番近い海まで来ると、私は砂の上でローファーと靴下を脱ぎ捨てる。海水に腰まで浸かり、スカートがクラゲみたいに膨れても、構わず前進した。

 これは不甲斐ない自分を洗い流すための突発的衝動だ。満足したら私は引き返して、ずぶ濡れになった己の馬鹿さ加減に泣くのだろう。あー、やだやだ。

 だけど頭に思い描いていたよりも私はずっと馬鹿で、まんまと両ふくらはぎが同時に攣って、浅瀬で溺れかける。助けてーぶくぶくって本当に、馬鹿を通り越して阿呆で間抜けだ。

「おい! これに掴まれ!!」
 切迫した声が聞こえ、同時に浮き輪も勢い良く飛んできた。
 私は必死でドーナツ型の助け舟に掴まり、足の痛みが引いてからバタ足で安全圏へと帰還した。

「マジでビビった。自殺?」
 私の命の恩人は、他校の制服を身にまとった男子高校生のようだった。
「ちがうよ。足攣っちゃって」
「ははっ、ダサいっすね」
「はっ!?」
「無事で良かったです」
「あーあ。でも、泳いで助けに来てくれた方が格好良かったのにな」
 助けてもらったくせに私は、大人げなくカチンときている。
「俺、泳げないっす」
「はっ!?」
「これ、弟に借りた浮き輪。泳ぎの練習しようと思って」
「……ダッッッサ!!」
 私は鼻息荒くして彼を笑う。ふふん、言い返してやったぞ。

「この歳でカナヅチだなんて、笑えますよね」
 あれ、反論してこないんだ。なんだか私の精神年齢が一方的に低いみたいだ。
「てか、市民プール行きなよ。海で練習って、危なすぎ」
「足攣っちゃったら大変ですもんね」
「はっ!?」
 いちいち癇に障るやつだな。
「冗談っす。でも、プールで練習とか、同級生に見つかったら恥ずいじゃないですか」
「なんで泳ぎの練習なんて……」
「友だちと海水浴しようって約束してるんですよ、今週の土曜日」
「もう手遅れじゃない?」
 今日は水曜日だ。
「そうっすね。ただ、最後の思い出作りなんで」
「最後?」
「俺、近々転校するんすよ」
「随分と変な時期だね」
「親の都合ってやつですよ、はは」
 そう呟く彼の瞳がどこか寂しげに見えて、思わず私は同情してしまった。
「......よし。助けてもらった恩もあるし、私が面倒見てあげよう」

 結論から言うと私は、海水浴までの三日間、放課後は部活をサボって彼の泳ぎの練習に付き合った。
「俺、頭でちゃんと理解しないと行動に移せないんすよ」
「なにそれ。私の教え方が下手だって言うの?」
「下手ってか......雑?」
 私たちの会話は終始、毒づいた物言いばかりだったけど。名前も知らない相手だからこそ、顔色も気にせずに話せる。その点については新鮮で、ある意味清々しかった。

 特訓最終日ーー。
 私たちは砂浜に腰を下ろし、オレンジ色に染まる景色のなかで海を眺めていた。
「こんだけできれば上等じゃないっすか?」
「悪かったわね。目標通りにいかなくて」
「いえいえ、本当にありがとうございました」
 私は途端にしおらしくなる彼の態度に焦ってしまう。
「急にどうしたの?」
「いや、俺一人だったら多分、犬かきすらできなかったと思うんすよ」
「かもね」
「だからあの日、あなたが溺れてくれてて良かったっす」
 私はこの数日で、彼の嫌みへの対処法をバッチリ習得していた。
「私も、あんたが“子ども用”の浮き輪を“偶然”持っててくれたから、死なずに済んだ」
 そう言って私たちは顔を見合わせると、二人して鼻で笑った。

「それじゃ、色々と助かりました」
「うん。私もあんたに助けられた、色々と」
 私のその言葉に彼はハテナマークを浮かべたけど、それ以上深く掘り下げてはこなかった。

 あんたの意地悪な態度に似合わない、がむしゃらな犬かき姿を見てるとおかしくて、好き放題けなし合ってるとすっきりして。
 その内、私の抱えていた悩みが海の青さに溶けていき、前向きな気持ちになれたのだ。

 ーー私はそれから嫌なことがあると、この海へ来るようにしている。

 寄せては返す波を見つめながら、せめてもうこの町にいない彼の名前くらい調べようかと思ったけど。 
 思い出は彼と別れた時点で大切な過去になったので、今を生きる私が手を加えるのは“余計なこと”のような気がした。

 ......だから、私の心に残るほんのちょっぴりの寂しさは、そのままにしておこうと思う。


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