1. トップページ
  2. 妖怪ババアに捧ぐ

秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

3

妖怪ババアに捧ぐ

17/06/06 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:4件 秋 ひのこ 閲覧数:215

この作品を評価する

「この阿呆! 染物の風呂敷を洗濯機で回す馬鹿がおるか! 脳みそカラか! え? 空っぽか!」
「洗濯してやったのに文句言うな鬼ババア! たかが風呂敷じゃねぇか!」
 今日も、陣内家の軒先は騒がしい。
 70の祖母キヌと、10歳の孫トモだ。
 母が男と逃げ、父ははじめからいない。地方でひとり暮らすキヌの元へトモが移されて、半年になる。
 気性が荒く、口が悪いキヌは実の孫にも容赦ない。一方トモも不幸な生い立ちをバネに気が強い。血を争えないふたりは日夜衝突が絶えない。


「お前、合唱会のことなんで言わんかった」
 ある日、キヌが眉を吊り上げてトモを見下ろした。
 合唱会は、町で唯一の小・中学校が合同で行う年間行事だ。
 トモは歌が苦手だ。当日はズル休みしようと決めている。
「なんで知ってんだ」
「田舎をナメるな。町内会の掲示板に出とったわ」
「ババアには関係ないだろ。こういうのはな、親が見に来るんだ。老人は来んな」
 頭をはたかれた。
「田舎をナメるな。学校の行事はな、親戚一同、隣近所誘って弁当持って行くんだ」
 頭を押さえて睨みつけると、キヌは「なんでもっと早く言わん。クソガキが」とブツブツ言いながら台所へ消えた。
 キヌが来る気満々と分かり、トモはますますズル休みの意を固める。
 だが、ふと想像してしまった。
 客席を埋める保護者。その中に自分を見にきた大人がいる。保育園まで振り返っても、そんなことこれまで一度もなかった。母は小学校の入学式でさえ、トモを校門まで送るとさっさと男の車に乗り込んで帰っていったのだ。

 
 合唱会当日。
 学校に行くと見せかけるため、とりあえずランドセルを背負う。出かけ際、見るとキヌは鏡台の前で化粧をしていた。服もいつもと違う。やっぱり来る気だ。
「皺しわの顔に何塗っても変わんねーよ」
「うるさいよ、お前なんか皆の前で恥かいちまえ。失敗しろ」
 いつも通りやり合い、トモは走って家を出る。
 そのまま川にでも行くつもりが――、

 今、トモは舞台裏で出番を待っている。
 生徒数の割りに立派な体育館で、生徒の3倍くらいの大人が舞台の前で座って談笑している。意外と年寄りが多い。
 心臓がドキドキしてきた。
 これまで一度も真剣に練習したことはない。歌えるだろうか。歌えなかったら口パクでいいや。
 いよいよ舞台に立つと、考えるより先に目が客席を走る。
 伴奏が始まった。担任の小島先生が舞台中央で指揮棒を振り、「さん、はい」と合図した。
 声は、しかし出てこなかった。
 仲間の声が体育館に響いていく中、意識は客席に張りついたままだ。
 妖怪ババア。
 いないじゃん。


「トモ君、今すぐ病院へ行きなさい」
 歌い終わり、全員下手に下がったところで小島先生が強張った表情でトモの両肩を掴んだ。
「キヌさん今日心臓の手術をするんよ。でもキヌさんからトモ君には言うなってきつく言われてて。言えば合唱会を台無しにする、トモ君が歌えなくなるって。教頭先生が車で送ってくれるよって、早く」
 わけがわからなかった。
 手術? 心臓? 
「東京から月に一度来る先生の都合で、手術はどうしても今日しか無理やったんやと」と教頭先生が道中説明してくれたが、トモはろくに聞いていなかった。ただ、「なんでもっと早く言わん」とキヌがぼやいていたことをなんとなく思い出した。
 トモは自分の心臓の上に手を置いた。
 ここ、切られたら痛くないのか? 痛いから切るのか? 痛かったのか?
 いつから?
 トモはぎゅっと目を閉じた。
 妖怪のくせに、くそったれ。


 トモはその晩、病院に泊まった。手術を終えた祖母が静かに眠る隣のベッドで、小さな身体を丸める。
「朝だ。馬鹿は学校行け」
 力のない乾いた声で目が覚めた。窓の外が白い。
 化粧が剝げかけた妖怪みたいな顔がトモを睨んでいる。
「合唱会はどうなった」
「知らねえよ。そんなことより」
「合唱会で歌わなかったのか」
「歌ったよ! それより心臓は」
「今日も学校あるだろ、とっとと行け」
「うるせえよ、手術とかふざけんな。死ぬ気かよ」
「阿呆。死ぬ気なら手術なんか受けんわ」
「げ、まだ生きる気かよ。心臓が壊れたんならジュミョーだろ、お迎えきたんじゃねえのかよ」
「ふん、迎えなんか塩まいて返り討ちにしてくれるわ」
 ぎゃあぎゃあ言い始めたふたりを、とんできた看護士が慌てて止めた。
 ひと回り小さくなったようなキヌを威嚇し、トモはそれでもちょっとだけ考えた。
 あとで、もしどーーうしてもって言うなら、合唱会の曲を歌ってみてやってもいい。ババアがどーーうしても聴きたいって言うなら、それくらいは。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/06/18 待井小雨

拝読させていただきました。
主人公とお祖母さんの遠慮のないやり取りの中に家族の暖かさを垣間見る、素敵な話だと思いました。
つっけんどんにしていても、二人して相手のことを思いやっている姿に胸を打たれました。

17/06/20 秋 ひのこ

待井小雨さま
こんにちは。コメントをありがとうございます!
孫は悪ガキでおばあちゃんは意地悪ババアですが、「常識を無視する子供」や「毒親」とは質の違う家族関係をめざしました。
残念ながら主題の「音楽」がちょっと弱いかなと思うのですが、最近、キャラクター作りを練習中でございます……。

17/07/24 光石七

拝読しました。
お互い口が悪くて衝突ばかりの二人だけど、家族の温もりが感じられ、読後自然と口角が上がっていました。
これからも口喧嘩しながら(笑)元気に仲良く暮らしてほしいです。
素敵なお話をありがとうございます!

17/07/25 秋 ひのこ

光石七さま
こんにちは。コメントをありがとうございます!
自分のキャラクター作りのパターンを脱するべく、孫とばあちゃんのようなヒトたちを書いてみました。
でも、キャラクターが強いとテーマが弱く、テーマを優先させるとキャラクターが弱く……。
小説は本当に難しいですね(苦笑)。

ログイン
アドセンス