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文月めぐさん

仕事を休職中で、家にいながら世の中に何かを発信したくて投稿しています。拙い文章ではありますが、読んで感想、批評等いただければと思います。よろしくお願いします。Twitter→@FuDuKi_MeGu

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる。

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海からの奇跡

17/06/05 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:1件 文月めぐ 閲覧数:205

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 私の一日は、窓を開けて、さわやかな海の香りを体一杯に満たすことから始まる。
 社会人一年目にして鬱病になってしまった私の日課だ。こうして波の音を聞きながら、一日の英気を養う。そして朝食をとると、海へ出ていく。
 会社が海のある四国の町で良かった。生まれも育ちも長野である私は、海に対するなじみはない。だけど、病気になってから気づいたんだ。海の香りや波の音はとても心地よい。
 そんな私は砂浜を歩きながら、面白いものはないかと探していた。そしたら遠くの方に目立つ赤色が落ちていた。原色の赤色はあまりにもまぶしくて、初夏の海岸には似合わない。私はゴミか何かだろうと思いながら赤色目指して歩みを強くした。
 赤のランドセルだった。
 誰かが置きっぱなしにしているのかと思いきや、近づいてみると、ランドセルはどろどろに汚れていることがわかった。なぜこんなところに? 誰のものなんだ? 疑問は尽きない。私は少々気後れしながらも、赤いふたを開けてみることにした。
 中身は外側よりもひどかった。教科書やノートの紙類がすべて溶けてべちょべちょになっている。これ以上の探索は無理だ。私は再び海岸散歩に戻ろうと立ち上がった。しかし、赤いふたの内側でかでかと書かれた文字が私をとどまらせた。マジックで書いてある文字は、少しも薄れることがなかった。
 町田 春
 名前だ。その隣には住所も書いてあるようだ。私はその住所を読み、はっとなった。私は今度こそランドセルを持って立ち上がった。

 町田綾香という女性から手紙が届いたのは、私が福島へランドセルを郵送してから一週間後のことだった。きれいな花柄の便せんと、整った文字が印象的だった。綾香さんからの手紙には、ランドセルを送ってくれたお礼や娘の春ちゃんを震災で失ったことがつづられていた。整っていると思った字もよく見るとところどころ震えている。どれだけこの手紙を書くことが苦しかったのだろう、とその胸中を慮らずにはいられなかった。
 私は三度も手紙を読み、きれいに折りたたむと、引き出しの中にしまっておいた。引き出しを開けるたびにそのお花畑みたいな花柄が目に入り、娘を亡くした綾香さんや、若くして亡くなった春ちゃんのことを思った。
 私の毎日は淡々と過ぎていった。散歩に出かけたり、家で紅茶を飲んだりと変化の少ない日常を営んでいた。最大級の事件が起こったのは、ランドセルを拾ってから一か月後の土曜日だった。
 西日で海が赤く染まっていく頃。私は椅子に座って読書をしていた。女性作家が書いた短編集をちまちまと読んでいたときだ。ピンポーン、とふいにドアチャイムが鳴り、私をびくりと驚かせた。一人暮らしの男の家に訪れる人はほとんどいないため、いつもは聞きなれない音に、少しおどおどしながらドアを開けた。
「土屋昭さん、ですよね」
 警察の尋問みたいだが、相手は優しそうな若い男性だった。私よりも少し年上だろう、もしかしたら結婚して、子供もいるかもしれない、そんな年齢だ。ツチヤアキラ、という響きに私はうなずくことしかできなかった。
「急に訪ねてしまってすみません。福島から来ました、町田聡と申します」
 福島という地名と、町田という苗字。ピンとこないわけがない。私は町田聡さんを部屋へと招き入れた。
 紅茶を淹れて、町田さんに差し出すと、彼は一口飲むなり私に頭を下げた。
 「このたびは春のランドセルを見つけてくださってありがとうございました」
 わざわざ届けてくださるなんて、とさらに言い募る町田さんに、いえいえ、とおろおろするばかりの私。こういう時、すっと言葉が出てこないのは悪い癖である。春ちゃんは学校にいるときに地震に遭い、結局遺体も見つからなかった、という。それにしても、奥さんの綾香さんといい、聡さんといい、とても礼儀正しい人たちである。だから、続く聡さんの言葉に、私は耳を疑った。
 「実は、私の妻も震災で亡くなってしまって、私にはもう家族がいないんです」
 つらそうに俯く聡さんに対し、私はカップを持つ手の震えを抑えることができなかった。
 綾香さんが震災で亡くなっている? 
 「そんなはずはありません」
 私は身をひるがえして机に駆け寄った。一番上の引き出しを開けると、便せんのお花畑は今日も咲き誇っている。私はその手紙を聡さんに見せた。
 「確かに妻の……綾香の字に間違いありません」

 聡さんを見送った私は、そのまま海辺を散歩することにした。この砂浜でランドセルを見つけたことがそもそもの始まりだった。聡さんは帰り際、「これは天国からの手紙かもしれませんね」と悲しそうに笑った。
 私は夜の海の香りを身体一杯吸い込んだ。朝とはまた一味違う落ち着いた香りがした。海からの贈り物は、私に不思議な体験をさせた。今日も天国にはこの波の音が届いているだろうか。


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このストーリーに関するコメント

17/07/30 光石七

拝読しました。
日々主人公の心を癒してくれる海が与えた、悲しくも温かい、でもやはり切ない不思議な体験。
あの震災から6年経ちましたが、忘れてはいけないですね。
海が主人公や犠牲になられた方々、被災された方々の心に優しく寄り添ってくれたなら…… そんなことを思いました。
素敵なお話をありがとうございます!

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