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深海映さん

短編やショートショートが好きなモノカキ民

性別 女性
将来の夢 星の見える田舎で晴耕雨読の暮らし
座右の銘 飯は食いたい時が食い時

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貝の風鈴

17/06/05 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 深海映 閲覧数:152

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 ちりん、ちりんと夏の音がした。

 カラン、カランと日差しを浴びて揺れる風鈴からは、海の音色がした。

 なんてきれい。風太がくれた風鈴を見ながら、私は目を細める。
 キラキラ光る、青や、水色の透明なビーズに、白い貝がらがついた風鈴。
 海へ行ったことはなかったけれどそこからは、確かに海の音色がするような気がした。
「もう秋なんだから、風鈴はしまったほうがいいんじゃない?」
 お母さんが笑う。
 確かに、日差しはまだ暖かいけれど、風は少しずつ、肌寒い秋のそれに変わりつつある。
「そうだね」
 目を閉じ、風太のことをゆっくりと思い出す。
あれは小学五年生の春。
 
 初めて風太を意識をしたのは、たまたま朝早く学校に来た日のこと。
 教室の戸を開けると、偶然、風太が教室の花に水をあげている場面に出くわしたのだ。
「風太、早いね。花係なの?」
 尋ねると、風太は答えた。
「ううん。でも、誰かがやらないと、枯れちゃうだろ」
 風太は、お調子者のいたずらっ子でとても植物が好きなようには見えなかったから驚いた。
 だけれどもよく考えると、風太はそんな風に、よく周りを気遣う男の子だったように思う。
 それから私は風太のことをよく目で追うようになった。彼を観察してみると、確かによく気が効くし、他人のために率先して行動していた。
掃除のときも、給食の時も、ふざけながらも誰よりも早く準備を始めていた。
 授業で誰も手を上げずに先生が困っていると、率先して手をあげとんちんかんなことを言って皆を笑わせていた。
そして私は、そんな彼を密かに尊敬していたのだ。

 風太を観察し続けて数ヶ月が経っていた。季節は夏。八月の晴れた日だった。入道雲が眩しかった。もうすぐ秋だというのに夏の過ぎ去る気配もない暑い日で。
 その日、私と風太は風太と誰もいない放課後の教室で二人きりになった。
 当たり障りのないことを少し話して帰ろうとした時、風太はランドセルから何か袋を取り出した。

 手元をちらりと見ると、そこにあったのは白い貝殻でできた貝の風鈴。私はその風鈴に釘付けになった。
「それ、図工の時間に作った風鈴だよね? 綺麗たね。こういうのを家に飾っていたら、家が涼しくなるだろうな」
「ありがとう」
 風太は少し照れた笑いを浮かべる。
風鈴の材料に使った貝がらは、家族と海に行った時に自分で取って来たのだという。その時の話を風太は楽しそうにしてくれる。
「そうだ。これ、気に入ったのならやるよ」
 風太は貝の風鈴の入った袋を私に押し付けてくる。
「いいの?」
「いいんだ」
 半袖からのびる日に焼けた腕にじわりと汗が浮かぶ。セミの声が、夕日に染まった教室を包んでいた。ふいに、風太は言った。
「俺、転校するんだ。親の仕事でさ、二学期から他の小学校に行くことになる。だからお前に、その風鈴を持っていてほしいんだ」
「どうして、私に?」
 風太は、大きく息を吸い込んで、私を真っすぐに見据えた。
「お前のことが、好きだから」
 時が止まったように思った。体中が熱くなる。
全身から、汗が噴き出したように思った。混乱する頭の中。それは、全く予期せぬ言葉だった。
 遠くで、セミの音だけがただひたすらに世界を支配していた。
 少しの間、風太は私の返事を待っていたように思う。でも私はあまりに突然で、何も言うことができなかった。ふう、と風太は息を吐き出す。
「……そういうわけだから。じゃあな」
 黙ってしまった私を置いて、風太はそのままランドセルをひっつかみ、走り去ってしまった。
 貝でできた風鈴は、オレンジの光を反射し、キラキラと輝いていた。

 風太と会えなくなってから、もう五年が経った。
 連絡先も交換しておらず、この五年、私は風太と全く関係のない日々を送っている、
風太がいなくても、なんの不都合もない世界。
 それでも時々、こうしてふとした瞬間に思い出してしまう。
 この思いは、風太に対するものなのだろうか?
 それとも、ただ単に、夏の終わり、というセンチメンタルさに心を動かされているだけなのか。
 立ち上がり、冷蔵庫を開け、麦茶を取り出す。一気に飲み干すと、キンキンに冷えた麦の味が喉を勢いよく通り過ぎる。麦茶の似合う季節も、もうすぐ終わる。
「今年の夏は、どこへも行かなかったね」
 そうねぇ、と母親が答える。私はその背中に向かって呼びかけた。
「ねえ、今度海に行こうよ。泳げなくたっていい。白い貝殻の取れる、綺麗な海へ」
 海に行けば分かるだろうか。この押し寄せる波のような感情が。白い貝のようにきらめくこの思いの名前を。


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