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家永真早さん

ブロマンスやロマンシスが書きたい。 何気ない日常や、日常の中の非日常を書くのが好きです。 http://ienagaworks.php.xdomain.jp/

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天よ回れ

17/06/05 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:2件 家永真早 閲覧数:284

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 のし掛かる水が、狭く暗い艦内の息苦しさに拍車をかけているように感じられた。海の底で、男達は死に向かっている。
 回天。大東亜戦争において、ミッドウェイ海戦敗北を機に、悪化の一途を辿る戦局を覆すべく、大日本帝国海軍により開発された特攻兵器、人呼んで人間魚雷である。『天を回らし戦局を逆転させる』兵器への搭乗を志願した若い兵達が、潜水艦の中で時を待っていた。
 菊水隊の初陣にて回天はウルシー泊地停泊中であった敵給油艦撃沈の戦果を遂げたが、以後敵軍の泊地による警戒が強まり、泊地攻撃から洋上攻撃へと作戦の変更を余儀なくされた。
 原の属する隊は訓練を終え、十日前の朝に目標へと向けて出港していた。
 原は予科練出身であったが回天の搭乗に志願した。家族の一人もいない男で、死ぬ為に此処へ来た。戦争で家族を失った訳ではない。故に親の敵討ちや『お国の為』といった殊勝な動機ではない。守るもののない原にとって国を守る事はさほど大きな理由にはなり得なかった。理由があるとするならば、ただ死ぬのもつまらないと考えたからかもしれなかった。
 他の兵に、原のような動機を持った者は一人もいない。皆郷里に家族を置いて来た者だ。父母、兄弟、自らの命一つでそれらを守れるならと、愛するが故に志願した。妻子のある者は選抜から除外されたが、初対面から何かと原の世話を焼いていた高瀬には許嫁がいた。将来を約束しながら帰る事のできない特攻に身を投じるなど無責任だと感じる一方で、そうでもしなければ愛する者を守れない皮肉を原は感じずにはいられなかった。
 高瀬は明るく気さくで、誰からも好かれる男だった。原より一つだけ年上だが兄弟が多い故かよく気が付き、気配りも上手かった。人付き合いが得意ではなく寡黙な原とは対称的だったが、共に居ることが苦ではなかった。
 許嫁の件は、訓練の合間に高瀬が密かに原にだけ漏らした事だった。原もまた、自らの身上は高瀬にしか話していない。
 志願動機を告げた時、高瀬は原を叱った。
「そんな風にして命を捨てるもんじゃない」
 それまでの穏やかだった空気は俄に緊張に包まれた。
「……」
 原は何も答えられずに黙った。特攻を熱望しながらも選考から外れ、涙した者を知っている。家族ある者らを死なせぬためと言えば聞こえは良いが、やはり自分は死に場所を探している事は否めなかった。
「何の為に命を使うか、其れが解るまでお前は生きにゃいかん」
 苦笑した高瀬の言葉に、緊張が緩む。
「そいつは禁句だろう」
 原が咎めると、高瀬は肩を竦ませた。
「悪いが、お前はまだ死ぬ覚悟が足りんように感じるな」
「そんな事はない。此処に居るのが何よりの証拠だ」
 噛み付くように原は反論したが、図星を突かれた気もした。顔が熱くなっていくのが解った。
 高瀬は原に優しい眼差しを向ける。口許は穏やかに微笑んでいた。
「俺はお前を死なせんよ」
 特攻に志願した以上、誰もが生きて帰れぬ覚悟を持っている。原も高瀬も例外ではない。原にとって高瀬の言葉は悔しかった。
 基地から望む水平線が赤く染まっていく。波は穏やかに揺れていた。
 それから一週間も経たぬ内に高瀬は訓練で殉死した。

 目標船舶を確認し、艦内は俄に動き出した。他の兵に続き原も回天に乗り込む。電球だけがぶら下がる操縦室にて、訓練で幾度も繰り返した発動用意に掛かる。電動操舵機起動、操空塞気弁全開、操舵機発動弁全開、、、次いで発進準備を終え、受話器を取り発令所の声に耳を澄ませる。流れ来る情報と射角表にてジャイロコンパスを設定した。
「高瀬よ」
 原は胸に手を当てた。高瀬の遺骨の一部を懐に忍ばせていた。
 志半ばで散った高瀬の、その無念は如何程であったか。「此で国が救える」。基地暮らしで彼が書き付けていた日記に記されていた一文で、その熱意が伺い知れる。命一つで国を救う、こんな誇らしい事はないと、かつて彼は回天を見つめ言っていた。
 しかしその反面で、死への恐怖も高瀬になかった訳ではない。毎夜家族の、許嫁の写真を眺めては涙していた事を原は知っている。だからこそ訓練で命を落とす事は、彼にとって唯々絶望であったに違いない。
 脱出できない訓練機の中で、命の尽きる迄思いの丈を高瀬は日記に綴っていた。自らの無念と、家族への遺書。母へ、父へ、兄弟へ、許嫁の輝子へ。そして原へ。「お前は」、そこで筆は止まっていた。「生きよ」とは遺せぬ。それでも原には高瀬の言わんとしている事が解った。絶望の淵にいて尚、原を気にかけていた高瀬の気持ちを原は想った。
「理由ならあるぜ」
 高瀬と過ごした日々の中で、原は其れを得た。自分はただ死ぬ為に此処にいるのではない。高瀬の本懐を抱いて原は逝く。家族と許嫁と、未だ見ぬ子らの祖国、高瀬が守りたかったものを守る為に。原は、発進の声を待った。


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このストーリーに関するコメント

17/06/06 文月めぐ

『天よ回れ』拝読いたしました。
家族を守るために、仲間のために、命を捨てた男たちがいたことを忘れてはなりませんね。
男たちの「決意」が表れている作品だと感じました。

17/06/07 家永真早

文月めぐさん
コメントありがとうございます。
当時生きていた人のためだけでなく、祖先とそして子孫のために命を賭した方々がいたこと、僭越ながら書かせていただきました。
このお話を書くにあたり、色々調べたりする中で、今では解らない当時の想いや日本という国がどういうものであったか、少し触れることができ、それが少しでもお話に反映できていたらいいなと思います。

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