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ツチフルさん

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法則たちの休日

17/06/04 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:2件 ツチフル 閲覧数:361

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 電池切れの目覚ましが鳴り響く。
 ノノは布団から手を伸ばし、目覚ましを止めようと銀色のセンサに触れる。
「…ああ。今日は休日か」
 鳴り続ける目覚ましと、センサに触れると同時に割れた窓ガラスを見つめてつぶやく。
 今日はあらゆる法則が、その厳格な秩序から解放される『法則たちの休日』。
 原因と結果が手を離し、自由気ままに世界を紡ぐ日だ。
 試しに33階のマンションから飛び降りた女は、そのまま水平移動してタニシとなり、次の行動を考えている。
 デートの約束をしていた男は、外に出ようと奮闘中。今日は無理よと呆れる猫を無視して、セメダインを瞳に流し込む。
 ノノは窓ガラスの破片を拾い、自分の指に刺してみた。
 痛みもなく、血も出ない。
 それらの結果たちは、今頃べつの原因たちと戯れているだろう。
 割れた窓から空の切れ端が舞い込み、左目に張りつく。右目を閉じれば空の気分。
 ノノはだんだん愉快になってきた。
「せっかくだから、今日を楽しまなくちゃ」
 まずは部屋を出ようと、割れた窓から飛び降りる。
 しかしノノはそのまま。かわりに、隣の部屋で寝ていた妹が東の空へ飛び去っていく。
「…外に行きたいのは私よ」
 呆れるノノの前を、幼なじみのサキが横切る。
「あら、サキじゃない」
「まあ、ノノ。久しぶり」
「久しぶり。元気だった?」
「まさか」
「だよね」
 二人で笑いあう。
 サキは去年の春に事故で命を落としている。今日でなければ、再会することもなかっただろう。
「どこ行くの?」
「家よ。家族にちゃんとお別れしようと思って。…でも、うまく辿り着けないの」
「こんな日だからね」
「こんな日だから、会えると思ったのに」
「私も外に出たいのに、うまくいかないのよ」
「こんな日だからね」
「こんな日だから、出かけたいのに」
「…手、引っ張っろうか?」
 サキが手をさしのべてくる。
「出られるかな」
「やればわかるよ」
 ノノは自分の手をサキの手に重ねた。
『せーの』
 サキが勢いよくノノの手を引く。
 次の瞬間、サキの姿が消えた。
「サキ?」
「なに?」
「どこにいるの?」
「あなたの左」
「…いないじゃない」
「そうじゃなくて、あなたの左になっちゃったの」
 左手を見る。細くて長い、ピアニストのための指。
 右手を見る。いつもの右手。
 左足。モデルのような脚線美。右足。いつもの。
「ぶつかった拍子に混ざったみたい」
 左のサキが言い、右のノノが呆れる。
「無茶苦茶ね」
「そういう日でしょ」
 そういう日だ。
「とにかく外に出られたわ。こうなったらサキも一緒に出かけるわよ」
 ノノは右足を東へ踏み出す。サキは左足を西へ踏み出す。
 結果、ノノは見事な開脚を披露して悲鳴をあげた。
「何すんのよ!」
「私は家族に会いたいの」
「そんなの明日でいいでしょ」
「今日じゃないと会えないんだってば」
「あ…そっか」
 普段のサキは死んでいることを思い出す。
「じゃあ、サキの家に行こう」
 サキの左足が西へ踏み出す。それを追ってノノの右足。
 けれど、今日は法則たちの休日。西へ向かっても西へ行けるわけではない。
 一歩目で砂漠の真ん中に立ち、二歩目でカノープスに降り立ち、三歩目で四世紀に飛び、四歩目でマントルに触れ、五歩目でエデンの跡地を訪れ、六歩目でサキの家の前に辿り着く。
 しかし、中へ入ろうとした七歩目の先は、去年まで二人で通っていた通学路だった。
「…私が熱で休まなきゃ、サキを助けられたかな」
「二人とも轢かれてたよ。きっと」
「じゃあ、熱をだして良かったわ」
「うん」
「嘘だよ」
「私は本当にそう思ってるよ」
 ノノたちはさらに歩き続ける。
 八歩目は海水たちが演じる山の上。九歩目はドガのダンス教室の絵に埋まり、十歩目は誰かの夢の中。
 数え切れない歩数の果て、散歩を楽しむ重力が「そろそろ休日が終わるよ」と教えてくれた。
「結局、家に帰れなかったね」
「うん。…でも、これで良かったと思う。会っても悲しませるだけだし」
「そっか」
「今日は楽しかったよ」
「私も」
 サキが左手を差し出し、ノノが右手を差し出す。
 二人の握手は、祈りを捧げるシスターのよう。
「最後にもう一歩いく?」
「うん」
「じゃあ、一緒に」
「せーので」
『…せーのっ』
 二人は最後の一歩を踏む。
 
 ノノはベッドの中にいた。
 起き上がって部屋を見回す。
 電池切れの目覚ましは鳴らない。窓ガラスも割れていない。
 鏡の前に立つ。左も右もノノの姿。安堵しつつも、どこか寂しい。
 着替えをすませ、隣りの部屋を覗き込む。
 東の空へ飛んでいった妹が小さな寝息をたてている。
「…モモ、朝よ」
 ノノが優しく妹を揺り起こす。
 法則たちの休日が終わり、いつもの日常が始まる。(了)


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このストーリーに関するコメント

17/06/04 浅野

とてもユニークな発想ですね。最初の一文、「電池切れの目覚ましが鳴り響く。」を読んだときは、え? と疑問が湧いたのですが、読み進めるとなるほどなあと納得と、ある種の感動で思わずにやけてしまいました。ノノがサキと再会を果たした場面で、お互いがあまりにも自然に「久しぶり」と声を掛け合っているのが二人の仲の良さを表しているようで、この場面がすごく好きでした。
こんな素敵な作品と出逢えて良かったです。長文失礼いたしました。

17/06/17 ツチフル

感想、ありがとうございます。
できるだけ自由に書いてみようと思って作りました。
楽しんでいただけたなら幸いです。

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