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本宮晃樹さん

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部族社会はコカコーラがお好き

17/06/02 コンテスト(テーマ):第106回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:320

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 フィジーのスバ港からが遠かった。
 典型的西洋人たる彼にしてみれば、フィジーなんて島は南太平洋の果ても果て、人跡未踏の地だと決め込んでいたふしがある。
 ところがどっこい、現地住民は褐色の肌に先祖代々受け継がれた刺青を施し、極楽鳥の羽飾りをド派手に誇示し、タロイモだけを年がら年中食べて大量の虫歯をこさえる――というような生活はぜんぜんしていなかった。
 彼らはゼネラル・モータースやらプジョーやらトヨタやらを乗り回し、ビックマックにかぶりつき、そしてもちろん――コカコーラを愛飲しているのだった(むろんペプシもだ)。コカコロニゼーションの波は順調に南下している。
「これじゃだめだ」文明生活に倦んだ男はつぶやいた。「もっと南へ。コカコーラのない世界へ!」
 スバ港からローカルポートへ接続するトランシップ船に乗り換えた男の眼前には、期待通りの光景が展開した。
 かつて何百マイルもの海洋を筏で開拓した、勇敢なミクロネシアの人びとが住まう島嶼群。半壊したおんぼろ船が騒音をまき散らしながら航行し、タラワ環礁を優雅にカヌーが漂い、陸は未開のジャングルにすっぽり覆われ、その下生えを這い回るムカデ、ヒル、ダニといった熱帯の困った連中。そしてお待ちかね、奥地の小規模集落には先祖代々からの刺青と極楽鳥の羽飾りをまとった原住民が、おぞましいカニバリズムの儀式を執り行っているではないか!
「なぜ人間を食べるのかね?」男はいつでも逃げられるよう絶えず気を配りながら、「周りにはおいしそうな果物が鈴なりにぶら下がってるじゃないか」
 酋長と思われるひときわド派手な老人が、片言の英語で厳かに宣言した。「俺たち、人、食べる。病気、治る。みんな、元気、なる!」
「ふうむなるほど」男は執拗に食らいついてくる陸生ヒルを引っぺがしながら満足げにうなずいた。「こいつはいよいよ狩猟採集社会のお出ましってところかな」
 鉈で爆発的に繁茂するつる植物を伐採しながら男は進む。もうすぐだ。もうすぐそこに、彼が求めてやまない石器時代の原風景があるはずなのだ。さっきの連中よりもっと原始的な人びとが。彼らこそ人類の生きた化石であり、マーガレット・ミードだかマーマレードだかが鮮やかに描き出した、奇跡のように美しい野蛮人の生活にお目にかかれるのだ。
「ええいくそ」彼は毒づいた。眼前に氾濫する荒々しい河川が現出したのだ。水は昨夜の雨で増水し、濁流となっていく手をさえぎっている。まるでお前は文明社会に帰れとでも言うかのよう。「ちくしょうめ、誰が帰るもんか!」
 立ち往生したまま数時間をヒルへの献血に捧げた結果、ワニでもピラニアでもかかってこい、ままよと渡ろうとしたその瞬間、猛スピードで濁流を横切る影が。
 それは明らかにまぼろしだった。男は目をしばたき、いったん閉じた。二度深呼吸したのちにゆっくり開く。と、まさにそのとき、さっきと同じまぼろしが爆音を立てて川を疾走しているのを目の当たりにする羽目になった。
「おーい!」彼は力の限りそれ――三菱重工製エンジンを搭載したジェットスキー――に向かって手を振り、のどが枯れるまで呼びかけてみた。あれに乗っているのが原住民であるはずはない。とはいえあの褐色の肌はどう見ても……。「ちょっときみ!」
 ジェットスキーは徐々にスピードを落としながら岸辺に近づいてきて、しまいには彼の目の前で停まった。アイドリングしているエンジンの音。「なんだい、おっさん」
 あろうことか英語だった。ピジン語やら他の得体の知れない絶滅間近の言語ではなしにだ。
「き、きみはいったいどこからきたんだ。ぼくみたいに文明に嫌気が差して逃げてきた口か?」
「いんにゃ。俺はこのあたりの生まれだよ」
「このあたりってのはつまり」こめかみをぐいぐいもみながら、「このあたりの未開の地ってことか?」
「そういう言いかたは感心しないね」
「すまん、謝るよ。で、そのしろものはいったいどういう了見なんだ?」
「大枚はたいて買ったのさ、ついこないだ」少年は真っ白な歯を見せて誇らしげに笑った。「最高にクールだろ?」
「そんな……」二の句を継ぐのに何十秒も要した。「こんな奥地まで毒されてるなんて」
「あんたみたいな西洋人はたまに見かけるよ。みんな失望して帰ってくけどね」少年はあくまで親切だった。「そうだ。あんたの好きそうな暮らしが見られるよ。俺のじいさんがパートタイムで酋長のまねごとやってんだ」
 するとさっきの老人は有給の仕事として部族社会の長を演じていたわけだ。現代まで引き継がれたカニバリズムが聞いて呆れる。
 男は最後の望みにすがるように、腹から次の質問を絞り出した。「好きな食べものを聞いてもいいか?」
 少年は屈託なく笑う。「もちろん、ビックマックさ!」


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