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スタンピード喜多見さん

性別 男性
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選択授業、音楽

17/05/31 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 スタンピード喜多見 閲覧数:196

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 第一印象はそれは当然悪かった。授業に遅刻してもへらへらと平気な顔をしているのだから、真面目な彼女にしてみれば不良行為と何ら変わりないくらいに悪印象だった。
 最後列の彼女の隣の席しか空いておらず、そこが彼の座席となった。
 彼は毎回遅刻してくる上に、教科書も何も持っていないのだから、呆れすら通り越して可哀想にさえ思えた。先生は毎回出席を確認するから、教室にいるほとんどの人が彼の“浅葉”という苗字を覚えてしまっているだろう
 選択授業は音楽、美術、書道、音楽の三種類から選択し芸術を学ぶ授業である。また、他クラスとの交友を図る理由も兼ねている。
 彼女は音楽を選んだ。幼いころから合唱を習っていたことと、楽器の演奏が楽しいことが理由だ。
 「“登良牡丹”って苗字はこれ“とら”って読むの?」
 授業の終わり際、毎回の授業感想レポートを書いているときに浅葉は尋ねた。
 「そうだよ」とそっけなく答える。
 「トラに牡丹なんてすごく両極端でなんか良いな。強靭さと可憐さを備えているようでさ」
 浅葉は純粋な目をしてそう言うから、どういう反応をしていいのか困って口をつぐんだ。
 何度目かの授業で、リコーダーを忘れてきた代わりに浅葉はハーモニカを吹いた。それがあまりにも様になっていたので、登良は毎度の遅刻を帳消しにする程度には彼を見直していた。
 またある日、浅葉は数年前に解散したCHEMISTRYのライブタオルを枕代わりにして机に突っ伏していた。それは偶然にも登良が大ファンの歌手で、しかもそのライブに参加しており色違いのタオルを持っていたものだから、柄にもなく口が軽くなり会話が弾んだ。
 それからというもの、授業の合間に他愛もない会話をするようになった。ただ相変わらず、浅葉は授業に遅刻する。
 冬休みに入る前の週、浅葉は登良よりも先に席に着いていた。元気がなさそうだったので「珍しいね。改心したの?」と登良は茶化してみたけど、浅葉は生返事でそれが少し気になった。

 冬休みが明けて高校一年目の生活は後半に突入する。例年とは違い、雪はまだ全然積もっておらず、冷たい風だけが身体に沁みた。
 音楽の授業はさっそく今日から始まる。登良はいつも通り最後列の席につく。ただ、いつもと違って気持ちが落ち着かないのは、CHEMISTRYが復活するというニュースがあったからだ。冬休み中からこの喜びを同じファン同士ではやく共有したいと思っていたので、今日が音楽の授業日で本当に良かったと登良は感じていた。
 チャイムが鳴り授業が始まる。授業の最初に先生から、期末試験は、歌でも演奏でもいいので各自グループで発表してくださいとのお知らせがあった。浅葉は当然のようにまだ来ていない。
 五分、十分、三十分と経過し、とうとう授業が終わっても彼が現れることはなかった。
 「浅葉さんって今日休みなんですかね?」と授業後にこっそりと先生に尋ねた。
 「彼ね、先日おばあちゃんが亡くなって落ち込んでるからしばらく休みたいって担任の先生から聞いたわ。彼のおばあちゃん、この辺りの海側に住んでいて昼休みにいつもお見舞いに行ってたんだってね。それでいつも授業に遅れてたみたいなのよね」
 一度だけ遅刻しなかったのは、自宅療養していたおばあちゃんが市内の病院に戻って、昼休みにお見舞いに行ける距離ではなかったようだ。
 その日の帰り、登良はポケットに手を入れてマフラーも口まで巻いて、凍える海沿いを歩いた。
 と、ポツンと防波堤の先端に人影が見えた。そのあとに音が響いた。聞き覚えのある曲、CHEMISTRYの“最期の川”だ。
 先端で身体を丸めている彼の横に、少し間を開けてそっと座った。浅葉は手を止めて驚いた顔で登良を見つめたが、彼女が何も言わないので再びハーモニカを吹き始めた。
 この“for…”という曲も登良は知っている。音に合わせて、ささやくほどの声量で登良は口ずさんだ。冬の荒波にかき消されそうで、それでも透き通った歌声は浅葉の耳にしっかりと届いていた。
 途中で歌声が震え始めたので、浅葉は横目で登良の顔を見た。案の定目を赤くしてハンカチで目元を拭っている。
 「なんでお前が泣いてんだよ」と内心思ったが、セッションを続けたい気持ちの方が強く、口には出さなかった。
 その浅葉の様子を感じ取った登良も、それに応えるよう最後のサビは声を張って荒波にぶつけた。
 歌い切って二人はお互い向き直った。色々と言いたいことをこらえて登良は先に口を開いた。
 「期末の発表、二人でやらない?」
 授業に出てない浅葉はそれが何のことかよくわからなかったけれど、笑顔で言うもんだから、あっさり承諾した。
 授業最終日、登良の感情が昂って泣いてしまい、発表をやり直す羽目になったのは今でも笑い話だ。


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