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本宮晃樹さん

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坑夫たちの休日はいつ訪れる

17/05/30 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:352

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 十二時間にもおよぶ採掘シフトからようやく解放された。貨物運搬用シャトルに積み込みを終え、〈エスぺランザ〉へ向けて発射し終えたときには全身汗まみれ、へろへろのメタメタだった。
 小惑星に穿たれた坑道の入り口を電磁キーで施錠し、坑夫であふれ返る人員輸送船に無理やり身体を押し込み、ヘルメットを脱いだ。薄汚い再利用空気からの解放――と思いきや、人いきれで濁った輸送船内のそれもどっこいどっこいの味だった。
「〈イカルス〉もいよいよ干からびてきたぜ」壮年の坑夫がため息をついた。「そろそろ新しいやつを捕まえる潮時だと思うがね、俺は」
 輸送船パイロットが運転席から口を挟んだ。「航法コンピュータによれば、〈イトカワ〉あたりがランデヴー候補として最適ですよ」
 座が静まった。〈イトカワ〉の捕獲……。年配者たちが酒の席で語るおっかない苦労譚が、おのおのの脳裏にちらついたのだろう。繊細で、困難を極める作業だ。だがやらねばならない。
 わたしは身震いして、ぼんやりと窓外から地球を眺める。
 いつかきっとあの惑星に降り立ってやる。

     *     *     *

〈エスぺランザ〉に着岸したと同時に、坑夫たちはわれ先にとバーへ殺到する。それはちっぽけで黒鉛まみれの宇宙コロニーに存在する唯一の酒場であり、呑兵衛どもの需要を満たし続けているのを誇りにしている(排泄物浄化槽にたむろするバクテリアで発酵させているのは公然の秘密である……)。
「みんな聞いてくれ」採掘隊リーダーが高々とビールジョッキを掲げた。「一週間後、〈イトカワ〉を捕獲する」
 どんちゃん騒ぎが瞬時に静まり返った。しわぶきひとつ聞こえない。
「〈カタストロフ〉の日、俺たちのご先祖はたまたまここ〈エスぺランザ〉に――低軌道を周る小惑星採掘基地にいた。それが運命の分かれめだった。恐竜を滅ぼしたのより何倍もどえらい隕石が降ってきて、そいつが地球に命中するのをご先祖たちは呆然と眺めてた」
 その光景を想像してみた。さぞ心胆を寒からしめるショーだったろう。
「下に生き残ってるやつらがいるのかどうか俺は寡聞にして知らないが、まともに文明を保ってる連中はおそらくいまい」リーダーはジョッキをテーブルに叩きつけた。「俺たちだけが! 俺たちだけがいまや、地球を継ぐものなんだ」
 ごくりと息を呑む。
「いまのところ俺たちは日々の暮らしだけで青息吐息だ。小惑星から採掘した炭素を使ってアミノ酸を合成し、そいつで命をつないでる。だがいつか態勢を立て直し、降下ロケットを作り、そして地球へ舞い戻る。それまでなんとしても生き延びなきゃならん」
 そんなことが可能なのか? いやちがう。なんであれそれをやるのだ。
「〈イカルス〉の炭素がじき底をつくという話はみんな知ってるだろう。危険を冒さず野垂れ死にすることを選ぶのは簡単だ。で、このなかにそうしたいやつがいるか? いるなら遠慮なく名乗り出てくれ」
 俺はごめんだぜ! 勇ましい声が上がる。これを皮切りにバーは熱狂に包まれ、わたしを含む全員が拳を掲げながら怪気炎を上げていた。
「よおしみんな。俺たちの底力を見せてやろうじゃないか!」

     *     *     *

「シミュレーション通りにやれば大丈夫だ、リラックスしていこう」
 望遠モードで見る限り〈イトカワ〉は静止しているように思える。ところが実態は秒速三十キロもの猛スピードで疾走しているのだ。
「総員出動体勢をとれ」わたしたちはそうした。「加速開始。L3ポイントでランデヴー」
 数世紀ほどもすぎたのち、パイロットが厳かに宣言した。「ランデヴー完了」
 われわれはいっせいに飛び出し、小惑星〈イトカワ〉に群がった。慎重にスラスター制御しながらあばた面の表面に降り立つ。秒速三十キロの慣性飛行だ、無邪気にジャンプしたが最後、重力を振り切って深宇宙への旅が待っている。
「焦るな。ゆっくりでいい」
 細心の注意を払ってスラスターユニットを取りつけていく。やがて工事は完了した。ミスがなければ噴射によって小惑星の軌道を曲げられるはずだ。
「噴射開始!」
 信じられるだろうか? これだけの大質量が徐々に――徐々に軌道を変えている! そして見よ、ついに〈イトカワ〉が〈エスペランザ〉に対しての静止軌道についたではないか。
 やった。われわれは困難な任務を完遂したのだ。
「これは前哨戦にすぎん」わたしの思考を読んだかのように、リーダーが釘を刺す。「これでしばらくは生き延びられるだろう。だが本当の目的を忘れるな。俺たちはいつか地球に降り立つ。たとえ何世代かかってもだ!」
 そうだった。わたしは〈イトカワ〉にしがみつきながら、青く輝く星を見つめる。
 そうとも。われわれに休日はない。母なる星に帰るその日まで。


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