1. トップページ
  2. 塔の上のピアニスト

ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 図書館にある子どもの本を全て読むこと。 童話作家になること。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

投稿済みの作品

1

塔の上のピアニスト

17/05/29 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:228

この作品を評価する

 築100年のマナーハウス。ここにはグランドピアノがあり、いつもヨハンが弾いている。12歳のウリーは、大きな窓からそっと覗いてみた。ヨハンが何者かは知らない。わかっているのは、綺麗な音楽を奏でるということだけ。たくさんの音が小さな泡になって、ふわりとそよ風に飛ばされていくような優しい透明感に、ウリーは夢見心地になる。しかし、その夢を破るようにピアノの演奏が止まった。数秒後、目の前の窓が開いた。
 ヨハンが見た少年は、キラキラした目をしていた。ヨハンより10歳ほど年下に見える。貧しさの感じられる服装に(食べ物を恵んでもらいに来た?)と思った。少年はぴょこんと頭を下げると、「綺麗な音色だねぇ」と、うっとりして言う。ヨハンは、手招きした。

 玄関を通り抜けると広いダンスホールがあり、奥の一角にグランドピアノがある。その脇に簡易テーブルと椅子があり、黒パン一つが用意されていた。ヨハンはグランドピアノに向かい、さっきとは違う曲を弾き始めた。ウリーは、ヨハンの心の奥にある熱い想いがみえた。同時に、痛いほどの哀しみも感じ取れた。
「食べないのか?」「お腹すいてないの」「じゃあ、皿を片付けてくる」
 彼が立ち去ろうとしたので、慌てて礼を言う。
「あの……ありがとう」
 そしてウリーは、ヨハンの腕をつかんだ。
「悲しいの? ピアノ、泣いてたよ」
 ヨハンは、皿を持って隣室の台所に向かった。かなり動揺していた。ウリーという少年の感受性の強さと耳の鋭さには驚く。心に秘めて弾いていたつもりが、こうも簡単に読まれてしまうとは! 次のリサイタルではマッツ将軍に見抜かれてしまうかもしれない。台所のテーブルに皿を置いた時、ピアノの音が聞こえた。ヨハンの哀しみも再現されている。もう一人の自分が演奏しているように思えて、ヨハンは身震いした。すぐにダンスホールへ走り、ウリーに怒鳴った。
「やめなさい!」
 演奏が止まる。振り返る少年のキラキラした瞳の中に、一つの才能が生まれた瞬間を見た。だが、この才能はこの時代に生まれてはいけないのだ! 将軍に知られれば、この子はヨハンと同じ運命を辿ってしまう。
「ピアノ教えてくれない? ボク、習ったことないの」
「断る! 二度とここへは来るな!」
 でもウリーは、ヨハンのもとへ毎日通った。ヨハンは、ピアノを弾くことを許してくれなかったが。しかし、ある夏の朝、ヨハンはウリーに囁いた。
「戦争が終わるまではピアノに触るな」
「えっ? じゃあ、戦争が終わったら、ボクのピアノの先生になってくれる?」
「いいよ」
 えっ? 嬉しいけど……どうして? それ以上、彼は何も言わなかった。
 午後に、マッツ将軍が来た。ウリーは、グランドピアノの陰に隠れていた。隠れているように厳しく言われていたから。彼らが出て行ったあとで、目の前のグランドピアノを弾いてみる。弾き始めると最高に楽しい。
「……ピアノ大好き!」
 ウリーは、幸せの絶頂にあった。

──夏は終わろうとしていた。
「戦場へ赴く兵士たちを鼓舞するための演奏は、もうしたくありません!」
 ヨハンはダンスホールで、マッツ将軍に膝をついて懇願した。もう限界だった。将軍は、ヨハンの頭を泥靴で踏みつける。
「なぁ、天才ピアニストのヨハン・フランク様? 命令に従わないと、お前の家族全員の命がないことを忘れたか? それと比べりゃ赤の他人の命やピアニストのプライドなぞ軽いモノだろが?」
 ウリーは、グランドピアノの陰から立ち上がった。怒りに震えたままピアノの椅子に座り……弾く! 何の曲を弾いたかわからないほどに、ウリーは怒り狂っていた。弾き終わると、どうだとばかりに将軍の前に出て行った。
「ヨハンの代わりにボクを連れていけ!」
 息が切れてゼイゼイ喉を鳴らすウリーを、将軍は驚きの顔で見つめた。ヨハンが叫んだ。
「逃げろーっ!」
 将軍は、にやりと笑うとヨハンに剣を向けた。
「国王の代理人である俺に隠していたな? ──万死に値する」
 そして、躊躇いなくヨハンの胸を貫く。
「素晴らしい贈り物をありがとよ」
 え?
「さぁ、行こうか」
 マッツ将軍はにやりと笑うと、ウリーの腕を乱暴に掴んだ。今になってヨハンの思いやりを理解した。でも、もう遅い。ウリーの慟哭が、ダンスホールに響く。
「ずっと傍にいたかったのに!」

 そのピアニストは、どんなに脅されても兵士たちを鼓舞するためにピアノを弾くことはなかった。音楽の才に溢れる少年を断罪するわけにはいかず、少年は塔の一番上の牢に閉じ込められた。戦争が終わって30年経っても、彼は塔を出ようとしなかった。天国に一番近いからだ。彼はピアノに向かうと、いつものように呟く。
「ヨハン、弾くよ」
 ヨハン・フランクのためだけにピアノは奏でられる。哀しみの含まれた優しい旋律で。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス