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かわ珠さん

自分の好きな作家さんの言葉のチョイス、並べ方、区切り方、リズム、テンポに少しでも近付けるような文章が書けるようになりたいです。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 愛は時空を超える

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その歌は彼女の耳には届かない

17/05/27 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 かわ珠 閲覧数:153

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 小さなライブハウスに響く重低音。
 観客席は八割ほどが埋まっている。そのステージで俺はギターをかき鳴らし、大声で歌っている。
 ステージから客席は良く見える。知った顔が沢山いて、皆いつものようにノッてくれている。
 その中に一人、初めて見る顔があった。彼女の存在が目に入ったのは必然だった。彼女は明らかに浮いていたからだ。
 他の皆は手を上げ、声を上げ、俺の音楽にノッている。ただ彼女だけが目を閉じ、聞き入るようにその場に立ち尽くしていた。小さく首を縦に揺らしてリズムを取ってはいるものの、大きく身体を揺さぶったりはしない。終始そんな風にしていたので、気になって仕方がなかった。
 だから、俺は自分のパフォーマンスを終えた後に、ライブハウスから出た直後の彼女に声を掛けた。
「あの」
 彼女は振り返らない。
「あの!」
 と、肩を叩く。ようやく彼女は振り返る。
「あのさ、さっき俺の歌聞いてくれてたよね。どうだった?」
 けれども、彼女は訝しげな表情を浮かべる。
「あの、すみません、もうちょっと、ゆっくり、言ってもらえませんか?」
 それは、たどたどしい日本語だった。一つ一つの単語を丁寧に言おうとしすぎるあまりに、不自然になっている。
 彼女は日本人ではなかったのか。
 それは申し訳なかった、と僕はゆっくりと話す。
「さっき、俺の歌を、聞いてくれてましたよね? どうだった?」
 彼女は小さく頷く。
「とてもよかったです」
 と、微笑む。それは、こっちまでつられて笑ってしまいそうになる笑みだった。
「本当に? 嬉しいな。また、来てくれる?」
「もちろん」
 そう言って、彼女は去っていた。その後ろ姿を、俺はいつまでも眺める。
 もう言うまでもないだろう。俺は、彼女に惚れてしまった。
 それから何度かライブ中に彼女を見かけることがあった。そしてある日、俺はもう一度彼女に声を掛けた。気になっている女の子がいる、と口を滑らせてしまい、バンド仲間にデートに誘うまでは帰ってくるな、と背中を半ば強引に押されてしまったからだ。
「こんばんは」
「こんばんは」
「今日のライブはどうだった?」
「ええ、よかったです。私、貴方のバンドの音が、好きです」
 彼女のその言葉に舞い上がりそうになる。ただ、そんな素振りを見せてしまうのはあまりに格好悪いので必死に堪える。彼女が好きだと言ったのは俺じゃない。俺のバンドの音だ、と言い聞かせて。
「君の名前は?」
「アヤナです」
「そう、俺はカズ」
「知ってます」
 と、彼女は笑う。当然だ。バンドのプロフィールはでかでかと張り出されている。一応ボーカルも務めているし、彼女が知っていてもおかしくはない。俺も、その笑い声につられて笑う。
 けれども、そこで俺は違和感に気付いた。
 アヤナ?
 それは日本人の名前だ。なら彼女はやはり日本人だということだ。なのに、彼女の日本語はぎこちない。いや、もしかしたら幼少期は海外で過ごしていたのかもしれないし、そこまで気にするほどのことじゃない。
 とにかく今は目的を果たさなければ。俺は意を決して切り出す。
「あのさ、今度、一緒にご飯でも行かない?」
 けれども、その言葉に彼女の顔は一変する。まるでパステルカラーがモノトーンに変化するみたいに。そして、今度は彼女の方が意を決したように口を開いた。
「あの、私、耳が聞こえないんです」
 その言葉に、理解が一瞬追いつかなかった。
 耳が聞こえない?
 けれども、同時に全ての合点がいったような気がした。彼女の日本語がたどたどしい理由も、ライブハウスで目を閉じて立っていた理由も。彼女は、耳で音を感じていたのではなく、ライブハウスの振動を全身で感じていたのだ。
「だから、あまり私と親しくならないほうが……」
 けれどもそんなのは関係ない。それほどまでに俺は彼女に惹かれている。
「それでも、俺は君が好きだ」
 その言葉に彼女は少し俯いた後、俺の顔を見た。そして、右手の平を僕の胸に当てる。その目には零れそうな涙が光っている。
「なにか、歌ってください」
 俺は彼女のリクエストに応える。持ち歌の中では数少ないバラードのサビの部分を一節だけ。きっと、彼女の耳に俺の声は届いていない。けれども、その手の平で、俺の歌の振動を感じ取っている。それがわかる。
「ああ、やっぱり。私、あなたの歌が好きです」
 と、彼女は泣きながら笑う。
 耳の聞こえない彼女が俺の歌を好きだと言ってくれた。きっと、耳の聞こえない彼女に届く曲を作り続けることができているのならば、俺は心に響く歌を作れているのだと胸を張って言える。だから、彼女のその右手をとって、俺は言う。
「君に届く歌を作りたいんだ」
 彼女は涙を拭いながら、
「すみません、今なんて言ったのかわかませんでした」
 と頬を赤らめた。


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