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耳たぶさん

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音楽は、人の心を動かさない。

17/05/26 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 耳たぶ 閲覧数:223

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初めて僕がギターを持ったのは去年の夏、つまり、高校2年の夏だった。

漫画に影響されて「バンドやろうぜ、楽器とかも任せとけよ」と鼻息荒く言いだした幼なじみの言葉を、僕は断る事が出来なかった。
しばらくしてから「楽器が届いたから取りにこいよ」という連絡を受けて幼なじみの家に行ったのだけれど、結論から言えば、僕がバンドをすることはなかった。

僕を呼び出したマコトは、ベッドに寝転がりながら、漫画を読んでポテトチップスを摘んでいた。
その横で僕はケースを開き、少し眺めてから「これ、ギターじゃなくてベースじゃん」と言って、ケースを閉じた。
だから正直に話すと、まだギターを手にした事はない。

マコトの部屋にある大画面のテレビは音を消した状態で、顔を見ているだけでうっとおしい芸人が、うっとおしく感じるような動きをしてお互いを笑い合っていた。ベッド横に置かれているコンポからはスピッツの「ヒバリのこころ」が流れていた。
「知らねえよ。あいつに買ってこいってつったらそれ買ってきたんだから。いいじゃん、別にベースもギターも一緒だろ。俺が歌ってお前が弾くんだろ。それでビッグになれるじゃん。ロックじゃん」
油の染み込んだ指をねっとりと舐め、そのままの手で漫画のページをめくり、こちらを見る事もなく続けて言った。
「ほら、ここにも書いてんじゃん。ギターっていうのは6本の弦から出る人間性だって。お前の人間性なら人の心を動かせるような音が出せるって。で、俺の声は魂に訴えかけるものがあるから、やっぱ売れるって、モテるって」
こいつ自身も、ベースとギターの違いすら分かっていないのが、その言葉で分かった。

以前一緒に行ったカラオケで、マコトは僕が初めて見るような点数をたたき出した。犬に遠吠えさせた方がマシな点数が出ると思ったし、むしろ歌わないでいてくれた方が心地よかった。画面に表示された数字を見て「俺のオリジナリティを機械が認識しない」とか言っていたけれど、そういう問題ではなかった。

そもそも大方のベースには弦が4本しか無く、人間性を出すには2本足りない。こんなヤツくらいしか友人のいない僕が4本の弦から人間性を最大限に出したところで、楽器の性質上空気を振るわせることが出来たとしても、人の心を振るわせられないのは分かり切っている。
「やっぱバンドなんてやんねえよ。そもそもお前もベースとギターの違いすら分かってないんだろ。ロックだなんだって偉そうなこと言ってるけど、全部その漫画の受け売りじゃねえか。お前の持ってるCDにロックなんて1枚もねえし。言っとくけどスピッツはロックじゃねえぞ、ポップだぞ。そんで僕ら2人とも友達いねえのにバンドって、やっぱ頭おかしいんじゃねえの」

僕がそう一気にまくしたてると、マコトは漫画を閉じて急に立ち上がった。すえた汗の匂いがした。こっちを見る目はいつの間にか血走っていて、口の横には涎で溶けたポテトチップスがくっついていた。

「……ビ、Bzだって2人だし!」

やっとの事で口に出した一言は、僕をさらにがっかりさせた。犬の遠吠え以下の歌声と、友人が一人も出来ない人間性のユニゾンが奏でる音楽。それでどんな奇跡が生まれるのをコイツは期待しているんだろう。

「ゴミとゴミが合わさっても、結局ゴミにしかなんねえよ!燃えるゴミと燃えないゴミ合わせたら、引き取れないゴミになるだけだろうが!」
僕がそう言うとマコトは目に涙を貯めれるだけ貯めて、部屋から出ていった。
いつの間にかコンポから流れる音楽は止まっていて、テレビの画面にはいつも的外れな発言しかしないコメンテイターが大画面で写り、つばを飛ばしながら何かを訴えていた。

マコトの母親が買ってきたベースを一瞥し、僕は部屋を出た。階段を降りてリビングの横を通ると、上ずったような声で母親にこんなことを言っていた。
「おいばばあ!お前のせいでまた嫌なことになっただろうが!なんでギターくらい満足に買えねえんだよ!」
最初からお前が買いにいけば良かったんだろうが、と、間に入ろうかと思ったけれど、そもそも最初から僕がきちんと断っておけばよかったのだ。「バンド組もうぜ、俺に任せとけよ」とかいうあいつの世迷い事を。
そう考えると母親が何となく不憫に感じたけれど、その母親が発した一言が僕を押しとどめた。

「じゃあお母さんとバンドしようか。ね?お母さん、ベース弾くから。ほら、ベーンベーン。ね?」

胸の辺りで指を弾きながら言ったその言葉を聞いて、なんだか力が抜けた。
このばばあ、わざとベースを買ってきたんじゃないか。そんな気すらした。

「これ、誰が悪いのか、もう分かんねえな」と僕は一人で呟いて、靴を履いて玄関を出た。

外はとても晴れていたけれど、髪の毛をゆらす風は、幾分かの湿り気を含んでいた。


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