1. トップページ
  2. 最後のサラリーマン

秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

最後のサラリーマン

17/05/26 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:503

この作品を評価する

 林課長は最近、休みの日が辛い。
 森部長にゴルフに誘われるからだ。ゴルフは下手だし興味がないし、金がかかる。おまけに、家族からは「またゴルフ」と白い目で見られ、「行きたくて行っているわけではない」と言ったところでやはり「根性なし」と呆れられる。踏んだり蹴ったりである。
 わざと仕事を作り、若手に交じって休日出勤すれば、今度は総務から怒られた。会社は休日手当てを極力支払いたくない。
 同僚は「『サザエさん』が始まるとウツになるよ、もう月曜かって」「僕なんか『世界ふしぎ発見』ですでにウツですよ、あと1日しか休みがないって」と笑い合っている。が、林課長は週末を前に『ドラえもん』でウツになり、月曜を迎える『情熱大陸』で気持ちが晴れる(ついでに、番組内容にも励まされる)。

「嫌なら嫌って断ればいいのよ」
 妻は林課長の愚痴を一蹴する。
「それができれば苦労しないよ」
「風邪とか法事とか子供の野球だとか犬が病気だとか家の修理とか、色々言い訳はあるじゃない」
「毎週言い訳は無理だよ」
「じゃあ嫌だって言えばいいのよ」
 いつも同じところから同じように話が一周し、結局課長はゴルフバッグを抱えて部長を迎えに行く。
 勤続15年で学んだ。今、媚びを売り胡麻を擂れば出世と昇給が明るくなる。上司の趣味に付き合うこと、それはうち会社の「伝統的処世術」だ。

 
 ほぼ毎週のゴルフ三昧に数年間耐え抜いた結果、林課長は森部長に可愛がられ、部長の椅子を約束された。森部長は本部長への昇格が決まり、上機嫌だ。
「林君、君の趣味、釣りだったかな」
「ええ、最近はご無沙汰ですが」
 休みをゴルフに奪われているもので、と言下に匂わせてみる。林課長の精一杯の強がりである。
「また始めてみればいい」
 含みのある眼で本部長が見返し、林課長は知った。ゴルフの日々が終わったのだ。


「乾杯」
 金曜日。新部長就任の席で、林部長は解放感に酔いしれた。
「明日は休みだな。休みっていいな」
「どうしたんですか、部長。今日は部長のお祝いですよ。それじゃまるで普通の金曜の飲み会じゃないすか」
 若手が不思議そうに尋ねた。
「うん、今頃『ドラえもん』やってるだろ。週末だーって感じだよな」
「だからどうしたんですか」

 翌土曜日は家族でお祝いした。お祝いと言っても、妻とふたりだ。高校生の息子は友達と出かけ、娘は予備校でいない。
「あなた、ここまでお疲れ様でした」
 妻がビールを注いだ。
「こちらこそ、色々苦労をかけてすまなかった。ところで、明日はどうする? 子供たちを連れてどこか......」
 妻は何を言っているの、とでもいうように朗らかに笑った。
「ミカは予備校よ。受験が近いもの。ノブは友達と映画ですって。あ、私も出かけますので。手芸サークルのイベントがあるの」
 そして、暇なら犬の散歩よろしくね、と付け足した。

 
 次の週、林部長はひとつ深呼吸をする。
 いよいよ自分の番が回ってきた。誘うのだ、自分の趣味に、部下を。
 部長は高鳴る胸を押さえ、瓜課長に声をかけた。他社からヘッドハンティングされ、異例の若さで役職を得た30歳。多少とっつきにくいが抜群に仕事ができる。
「瓜君。釣りの経験はあるかい?」
「小さい頃父親について行ったことはありますが」
「今度一緒にどうかな。釣りは学ぶところが大きいよ。次の日曜にでも......」
「せっかくですが、次の日曜は予定があります」
 部長になっても気の弱さは相変わらずだ。「そうか、じゃあまたの機会に」と『部長風』を一瞬で引っこめた。
 人選がまずかった。瓜は所詮「他社育ち」。
 気を取り直し、係長に矛先を向ける。
 入社6年目、「自社育ち」の28歳。明るいムードメーカーだ。
「谷君、釣りの経験はあるかい?」
「いいえ」
「今度一緒にどうだい。釣りは学ぶところが大きいよ。次の日曜にでも......」
「あ、ボク仕事とプライベートは分けたいんで」
 実に爽やかな笑顔が返ってきた。
 

 日曜日。
 林部長は海辺でぽつんと釣竿を垂らしている。一応息子を誘ったが、やはり断られてしまった。昔は喜んでついてきたのに。
「まあ、ひとりが気楽でいいっちゃあいいか」
 つぶやいて、隣を見る。連れてきた犬があくびをした。
 なんとなく、ひとりで自由な休みがもの足りない。
 立ち上がり、予備の釣竿をゴルフクラブに見立て素振りをしてみる。結構堂に入ってきた。打ちっ放しに通った甲斐もあり、今では森本部長を負かす自信もある。もっとも、間違ってもそんなことはしないが。
 部長はついつい考える。
 来週は森本部長に訊いてみようか。ゴルフに行くかどうか......。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン