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忍川さとしさん

創作趣味に目覚めたのは、ブログ活動の結果です。

性別 男性
将来の夢 小説家
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彼らの休日

17/05/25 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:0件 忍川さとし 閲覧数:270

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 あの日から二十年、私は気が気じゃ無かった。
 でも私を追い詰めていたのは、他ならぬ私の発した言葉。
 だから誰も責められない。
 どころか、私の言葉のために人生を狂わせたかも知れない七人を思えば、どんなに追い詰められても、過ぎることはなかったのだ。
 そして今日が来た。全てが実を結ぶ今日。やっとの休みまで、あと少し。彼ら七人はやり遂げたのだ。

 ――思う存分、休むがいい。

 陳腐だが、今彼らに声を掛けるとしたら、それしか無いではないか。
 私は今、遠巻きに彼らを見ている。これまでの二十年と同じに、ただ黙って見ている。
 もう少しだけ、こうして居たくもあった。
 七人は私のかわいい教え子達。
 見かけこそ随分変わったが、夕闇迫る中、影だけを眺めていると、あの頃とちっとも変わらない。
 二十年より更に昔のあの頃と……。
 あの時彼らは小学四年生。私は女子大出たての、新米教師だった。


『先生! 折角の夏休み、宿題無かったら最高なんだけどなー』

 もちろん冗談だったろう。頼りない姉さん先生を、試したのかも知れない。
 私は、あまりにかわいいこの教え子達を、少しからかってやろうと思ってしまった。
 まさかそれがその後も、変わらぬ友情を育んだ彼らの中に息づき、社会でまで実践するなどとは思わない。
 新米教師の無分別な一言は、いったいどれ程の威力でこの子達の胸に突き刺さったのか。
 それを知ったのは、彼らがそろって高校を卒業した春に届いた、一枚の葉書。
 そこには、彼らが無謀にも起業した事と、私にしか分からない決意が認められていた。


 私は彼らのやろうとしていることを知り、影ながら彼らを見守る事を自身に課した。
 彼らはどんな困難にも立ち上がった。
 もしもそれが、私のあの時の言葉に端を発するのなら、私はなんと果報者だろう。瓢箪から駒にも程がある。
 ひょっとしたら彼らは、姉さん先生の失言を帳消しにするために頑張っているのではないかと思う夜もあった。
 ある時、私は勇気を振り絞って、彼らに会いに行っている。(もちろん謝りに……)
 だが、彼らは言った。

「宿題ができたら連絡するから――」

 私の初めての教え子。四年二組の元気な七人。その一人も欠けること無く、突っ走った二十年。約束の時間まで、もうあと僅か。
 私にとっては、今のこの時間の方が、二十年より長く感じている。


 やがて皆の声が聞こえてきた。
 陽は落ち、すっかり後始末された会社の前に、七つの影が立っている。
 私には皆の声が、誰のものか手に取るように分かった。
 影は楽しげに弾み、私は誘われるままふらふらと彼らに近づく。

「みんなっ!! 先生嬉しいっ……よく、やり遂げたわ! 先生はずっと……」

 そこから先は言葉にならない。私は、あの夏休み前の戯れ言を思い出す。

『――夏休みの宿題? 最初に全部やっちゃいなさいよ。そしたらその後、全部遊べるでしょう?』

 教師失格の言葉は七人の団結を生み出し、見事に成功させた。それを報告に来た彼らの、あの最高の笑顔が、今また私の前にある。
 私は、二十年前にもらった葉書も思い出す。
 人生を、長い夏休みに置き換え、仕事を宿題と置き換えた彼らの決意は、一生分の仕事を先取りしてしまい、残りを遊びたおすこと。
 それが良い事なのかなんて、私には分からない。
 ただ、この二十年。昼夜無く働き、助け合って乗り越えてきた彼らには、休む資格が在ると思う。
 私は皆に囲まれて泣いた。喜びに、そして寂しさに。

 ――もう、彼らを見守る事ができない。

 泣き止まぬ私に、彼らが言う。

「先生! まだ終わってない! ほら、アレ」

 ――終わっていない?

 まだ働き足りないと言うのか。休みたかったろう。遊びたかったろう。思いとどまるよう告げ始めた私を、彼らは制止する。

「先生? 思い出してよ? ほら、あの夏休みも言った!」

 ――あの夏休みも?

「…………ああっ!!」

 私の涙は一気に乾く。心も一気に弾けた。

『日記さぼんないで、ちゃんと見せなさいよ!』

 ――これからは『影ながら』見なくてもいいのだ。

 今度は堂々と、彼らの休日を見守っていきたいと、そう思った。
 それが私の休日なのだ。


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