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家永真早さん

ブロマンスやロマンシスが書きたい。 何気ない日常や、日常の中の非日常を書くのが好きです。 http://ienagaworks.php.xdomain.jp/

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籠のカナリヤ

17/05/25 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 家永真早 閲覧数:188

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 夜に窓を開けてはいけない。魔女の歌が聞こえるから。魔女はその歌声で人間を誘き寄せて食べてしまう。そうして、不老不死の体を手に入れている。
 イヴァが小さい時からある街の言い伝えだった。
 泥棒避けとか送風翅を売りたい商人の作り話だとか多くの人は半信半疑だけど、夜はどこの家も扉や窓を閉め切り、通りを歩く人は一人もいなかった。
 こんな美しい歌声を聴いているのはきっと自分だけだ、と石畳をランタンで照らしながらイヴァは思った。
 もしこの歌が人を誘き寄せるなら、それはきっと本当だ。一体誰が歌っているのか、イヴァは気になって仕方がなかった。だけれど家の扉の鍵や窓の雨戸は開ける時に大きな音が立つからこっそり家を出るのは難しく、イヴァの部屋は二階で窓に雨戸はないけど、伝い降りるには勇気のいる高さだった。だからいつも窓の隙間から歌声を聴いて思いを巡らせるだけだった。
 初めてこの歌を聴いたのは、夏に入る前の暑い日だった。イヴァの部屋にある送風翅の調子が悪くて全然風を起こさない、蒸し暑くてとても眠れない夜で、ほんの少しだけと窓を開けた時に、爽やかな風と共に美しい歌声が飛び込んできた。
 それまでイヴァも魔女のことなんて半信半疑だった。小さい頃は信じて怖がっていたけど、大きくなるにつれ次第に疑わしく思っていった。だから多分窓を開けたのは、好奇心もあったのだと思う。
 それから毎夜、薄く窓を開けて歌を聴いては魔女とは一体どんな人だろうかとイヴァは思い巡らせた。こんな美しい声なのだから、顔も美しいに違いない。不老不死で生きるなら、老婆よりも若くて美人の方が良いに決まっている。そして昼間は街人に紛れて暮らしているのだろう。美人で、明るくて、優しい。そんな魔女の姿に騙されて人は食べられてしまうのだ。笑顔とご馳走でもてなして、それから彼女は食べるのだ。そんな空想に耽っていた。
 だけど今夜、魔女の正体を突き止める思わぬ機会が訪れた。お産の手伝いだとかで両親が夜に家を空けたのだ。母さんを送って行くだけの父さんは明朝に帰って来るけど、それまで家にはイヴァの一人だけになる。母さんは家を出るまで心配してたけど、「僕はもう12歳だから留守番くらいできるよ」と言って送り出した。
 夕飯を済ませ、空が暗くなって歌声が聴こえてくると、イヴァは一階に降りた。そしてなるべく大きな音を立てないように扉の鍵を開け、ランタンを片手に家を出た。
 どこまでも続く暗闇の中を、小さなランタンと歌声を頼りに進んだ。猫の集会を通り抜け、家から随分と離れても、歌声はもっと遠くから聴こえていた。
 街外れが近くなり、やがて木に囲まれた大きな屋敷に辿り着いた。この屋敷から歌が聴こえている。イヴァはどこかから中が覗けないかと屋敷の周りを歩いてみた。朽ちかけた屋敷だった。一階の窓の前に着くと、歌が止んだ。
「誰?」
 窓が薄く開いて、魔女――多分――が訊ねてきた。
「僕はイヴァ。歌声に誘われて来たんだ」
「……、そう。それなら帰りなさい。食べられてしまうわよ」
 姿を見せないまま、魔女は忠告をする。ランタンが照らす窓は砂埃で曇っていた。
「君は魔女じゃないの?」
「……私が魔女よ。だから帰りなさい」
 魔女の言葉が可笑しくて、イヴァは思わず笑ってしまった。
「だったら帰さずに食べてしまえば良いじゃないか。君は本当に魔女なの?」
 それから魔女は何も答えず、少しだけ沈黙があった。そして突然窓が大きく開き、中から飛び出した両手にイヴァは首を掴まれた。
「帰りなさい」
 冷たい声が聴こえる。イヴァがランタンを持ち上げると、顔が細く髪の長い女性の顔が照らし出された。女性はイヴァよりずっと歳上だけど、母さんよりは若く見える。額から右頬にかけて、大きく爛れた痕があった。
「魔女……?」
 イヴァの呟きに、魔女の手に力が籠る。少し喉が締め付けられた。イヴァは片方の手を魔女に伸ばし、そして彼女の唇に触れた。魔女は目を見開いて身を引いたけど、離れて行く細い手をイヴァは掴まえた。
「食べなよ、僕を」
 ランタンを窓枠に置き、イヴァは空いた手を魔女に差し出す。魔女は顔を逸らしてイヴァの手を避けた。
「やめて。嘘よ。食べないわ。私、魔女じゃないもの」
 髪を乱して頭を振り、彼女は言う。逃れようとする手を、イヴァは両手で包んだ。 
「魔女じゃないなら君、名前は?」
「……リヤ」
 リヤは顔を背けたまま小さく答える。
「でも、リヤ。僕は魔法にかかったみたいなんだよ」
 出会って間もない、歌声だけを知っている魔女。どうしてか、イヴァはリアになら食べられても良いと思っているのだ。これが魔法でないなら何だろうか。
「そんなのきっと、じきに解けるわ」
 目を伏せたリヤの長い睫毛が揺れている。先程リヤの唇に触れた指先が何だか熱かった。


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