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むろいちさん

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深夜に届け

17/05/24 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 むろいち 閲覧数:245

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 深夜のファストフード。
 とっくに閉店時間は過ぎている。
 ツナギ姿の石渡が慣れた手つきでのモップがけをしている。
 四十も半ばの石渡はここで清掃のバイトをしている。
 この歳で定職に就いていないのは本業があるからである。
 本業でメシを食えていない。バイトの方が収入は多い。だが、石渡はあくまで自分には本業があると思っている。
 本業とは作曲。
 石渡は作曲家なのだ。
 ビートルズにハマってギターを弾き始め、そのまま音大を卒業。作曲家を擁する事務所に雇われた。会社が持ち込んでくる有象無象のものに作曲をした。全国放送されるCMもあったし、売れない歌手のものもあった。収入的には文句がなかった。だが、クリエティビティというか、創作意欲をどうも掻き立てられなかった。自分のやりたいものはこれではないと思った。
 だから、会社を辞め、フリーとなって、自分の創作活動時間を確保しつつ、こういったバイトをしている。
 収入的には安定はしないが、自分のペースを保つことができ精神衛生的に良かった。
 そんな暮らしぶりだから、妻どころか彼女もいない。無論、そういった相手がいれば生活の潤いになるのは承知しているが、家にいるか深夜の店で一人、モップを操っているのでそういった機会もなかった。

 ある日、閉店作業を終えた店員が石渡がやってきてもまだ働いていた。挨拶をすると新しく入ったバイトメンバーを紹介するという。
 店員が連れてきたのは主婦の西塚。洗い物を担当するらしい。
 西塚と挨拶をするとどうも歳が近いことが分かり、親近感が湧いた。
 最初はそんな挨拶程度で終わった。

 ある日、石渡がバイトに行くとバイトを終えた西塚が一服をしていた。
 石渡もタバコを吸うので一緒に吸った。
 不思議なものでリラックスできているのか、色々と話すことができた。
 西塚には子供が二人いること、旦那は塗装業をしており、今は厳しいので自分もバイトを始めたこと。
 石渡も照れながら、自分のことを話した。
 西塚は石渡がギターを弾けることに興味津々で、歳が近いせいか聞いていた曲や西塚が昔お水であった頃によく歌っていた曲の話で盛り上がった。
 夜の時間は早かった。
 石渡はもっと話したかったが遅い時間まで引き止めるわけもいかず、「お疲れ様」と言って別れた。

 石渡の暮らしに一つの張りが生まれた。
 家でギターを片手にしている時も西塚のことを思っていた。
 これは叶わぬ恋である。しかし、せめてもう一歩くらいは距離を縮めたいという欲求があった。だが、石渡は奥手であったし、不器用であったし、何よりこういったことに慣れておらず、どうして良いか分からなかった。

 ギターを片手にバイト先に向かった。
 店員は驚いていたが、西塚は笑っていた。
 本当は西塚だけに聞かせたかったが、店員を追い出す訳にもいかず、二人を前に弾き語りをした。どれも西塚が知っている曲を選んだ。
 夜更けのファストフードでの弾き語りは不思議な光景であったが、途中から西塚も一緒に口ずさみ、楽しい時間が過ぎた。
 西塚が遅くまで残ってくれ、嬉しかった。
 石渡も気分が高まり、西塚に向けたオリジナル曲を作ってくることを言った。
 石渡としては大決心の発言であったが、西塚はあっけらかんと「楽しみ」と言っただけであった。横にいた店員も「凄いっすね」と感心をしていた。
 石渡は「楽しみ」と聞けただけで嬉しかった。
 西塚によると次の出勤は一週間後になるという。
 その日を約束して、弾き語りの会は解散となった。

 石渡は曲と歌詞作りに励んだ。
 曲調としては80年代風。歌詞は頑張っている西塚を応援しているような内容を考えた。
 自分にできるのはそれしかできない。
 西塚の幸せそうな家庭に割り込むつもりは毛頭ない。
 ただ自分なりに彼女を喜ばせたかった。
 ギターとペンを片手に作詞作曲に取り組んだ。
 西塚と会えるまでの一週間は充実していた。
 無論、作品を生む苦しみと楽しみが同居していたが、届けたい誰かがいることは潤いをもたらした。
 そして、あっという間に約束の日となり、深夜のファストフードにギターを片手に向かった。

 店に着くといつもの店員が帰る所であった。
 ということは店には誰もいないということだ。
 不思議に思い挨拶がてら尋ねると、西塚は急に辞めたという。
 理由は子供の病気らしいとのこと。
 石渡が抱えたギターを見て店員は気の毒そうな表情を浮かべたのが辛かった。
 しかし、何もなかったようなふりをして店に入った。

 深夜のファストフード。
 とっくに閉店時間は過ぎている。
 ツナギ姿の石渡がギターをかき鳴らしている。
 店の脇を一台の自動車が通過する。
 ヘッドライトが石渡を一瞬だけ照らした。
 (了)


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