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本宮晃樹さん

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わたしが宇宙現場作業員をリクルートしたいきさつ

17/05/24 コンテスト(テーマ):第105回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:299

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 軌道エレベータ〈バビロン〉発着ラウンジは毎度のごとく混み合っていた。例によって「次便(アースポート→低軌道中継ステーションいき)一時間遅れ」を待つあいだに、どうにかして暇をつぶさねばならなくなった。
「いつのころからか、夜空なんか見るのもいやになってたことに気づいたんですよ」幸いにもとなりに腰かけた老人が話し相手になってくれるようだ。「あなたはどう思いますか、お若い人」
 老人はハンチング帽に革製のジャケットを羽織り、おまけに上品なステッキまで携行している。いかにも英国紳士然とした風貌だ。あんまり時代遅れなので、ぐるりと回って最先端の流行のように思える。
「これはまたずいぶん抽象的なご質問ですな」わたしはぐるりと目玉を回した。「夜空を嫌いだという人に会ったのは初めてですよ」
 彼はステッキに両手を乗せて、在りし日を幻視しているようだ。「あなた、南極条約というのをご存じですか」
「聞いたことくらいはね」話があちこちに飛ぶのに当惑しながら、「南極の平和利用をうたったやつでしょ」
「その通り。つい十年ほど前まで、地球低軌道はそれに準ずる国際条約を必要としてました。むろんご存じかとは思いますがね」
 老人の言っているのは十年前にようやく終結した通称〈軌道エレベータ戦争〉のことだろう。良識ある一部の慎重派が陰鬱に予想した通り、それはやはり起こった。
 軌道エレベータはご存じの通り、オーストラリアのパース西海上に建設されたアースポートから静止軌道まで伸びる途方もなく長い構造物である。
 これの建設に関しては当初から争いの火種が無数に存在し、その実用的価値を凌駕するほどのマイナス面があるのではないかと懸念されていた。パースから遠い地域は宇宙産業から置いてけぼりにされるのではないかといった妥当なものから、天を衝く塔は主の怒りを買い、再び言語がばらばらにされるのではないかというキリスト教原理主義者どもの頓珍漢なものまで。
 それらは混然一体となって爆発した。各国軍部にとっては思考実験にすぎなかった軌道戦闘のまたとない機会になったし、ばかでかい塔によってほぼ完全に駆逐される予定だったロケット産業はいっとき、水を得た魚となった(各種兵器や軌道基地材料の打ち上げに使われたロケット輸送便は五百をくだらないと見積もられており、最後のあだ花として空前絶後の利益を叩き出した。その額があまりにも膨大だったため、この戦争の発端を仕組んだのがロケット産業そのものだったのではないかとささやかれたほどだ)。
 休戦、停戦、小康状態をくり返しながらも〈軌道エレベータ戦争〉は十年ものあいだ断続的に続き、唐突に終わりを告げた。戦時中にもかかわらず不断の努力でもって建造を続けていた多国籍合併企業〈オデッセイ〉がこう宣言したのだ。「あなたがたがごたごたやってるあいだに、ほらご覧の通り! 一丁上がりましたよ」
 一丁上がったのならしかたがない。争う理由はなくなった。戦争は終わったのだ。
「戦時中は親父がよくこう言ってぼくを脅したもんですよ。『そら、わがまま言ってるとアメリカの兵士がいまにお前の頭上に降ってくるぞ』ってね」
「お父上は不当にあなたを怖がらせてたようですな」紳士は上品に笑った。「軌道周回速度を保てなくなった死体がまともなかたちのまま、地表に落ちてくるなんてことはありません。実際は大気圏との摩擦で跡形もなく燃え尽きて流星になるだけですから」
「まるで見てきたような口ぶりですね」
「まさに見てきたのですよ」
「従軍したんですか?」わたしは目を丸くした。「その当時でも五十代くらいだったのでは」
「いまこの国があふれかえる高齢者で窒息してないのはどうしてだと思います。先見の明のある当時の政府が、優先的に年長者を徴兵したからですよ。宇宙用に換装されたパワードユニットを着込めば、身体能力の減退は十分カバーできる」紳士は爆笑した。「お見事! 〈軌道エレベータ戦争〉は終結し、先細りだった社会保障費は当面のところ、生きながらえた。政府の手腕は文句なしでした。ケチのつけようがない」
 退屈な話し相手ではないものの、最良のそれでもないようだ。わたしは口をすぼめて相手の出かたを待った。
「つい愚痴っぽくなってしまった。申しわけない、お若い人」
 わたしは偉そうに見えないよう気を配りながら、ひらひらと手を振った。「あの戦争が起こるべきだったのかぼくには判断できませんが、とにかくあなたがたには感謝してますよ。ありがとうございました」
「そう言ってもらえるとありがたい。ときにお若い人。今度は何用で宇宙へいかれるのかな」
「宇宙太陽光発電パネルの施行管理ですよ。ぼくが入社した時分には出張で宇宙へいくなんて思ってもみなかったんですがね」
 老人は薄く目を閉じている。「実にすばらしい仕事ですな。わたしもそういう用事で宇宙とかかわりたかった」
 いよいよこの女々しい老人に我慢ならなくなってきた。「さっきから聞いてればくどくどと! あなたいまいくつなんです?」
「ええと」紳士は突然の剣幕に面食らったようす。「七十をこないだすぎたところだが」
「まだ働き盛りじゃないですか。さっき宇宙にかかわりたいと言いましたね」端末を取り出して作業員の空きを確認する。「席はありますよ。宇宙での長期滞在経験あり。資格としては十分です。さあどうします」意地の悪い笑みを浮かべてみせる。「それともさっきのは苦労知らずの若造をいやな気分にさせようとしただけですか」
 発着ラウンジはしんと静まり返った。わたしはふんぞり返って向こうの出かたを待つ。
 やがて彼はいすから立ち上がり、拳を振り上げた。「よおし、やってやろうじゃないか!」
「その言葉を聞きたかった」右手を差し出す。握手。「雇用契約成立です。さあ働いてもらいますよ」


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