サトースズキさん

性別 男性
将来の夢 社会復帰
座右の銘 ニートは毎日が休日? ちがうね。毎日が夏休み最終日なんだ。 もちろん、やるべきことは何ひとつ終わってない

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帰路

12/11/23 コンテスト(テーマ):第十八回 時空モノガタリ文学賞【 コーヒー 】 コメント:2件 サトースズキ 閲覧数:1522

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 街はすっかり変わった
 僕たちがまだ子供だった頃に感じた街の息吹は確実に失われ、かわりに小奇麗に整ったロータリーと、広々とした快適で道幅の広い大通りが駅前に広がっていた。以前はそこに独特の存在感を放ちながら存在していた、いんちき臭いタバコ商店やら漢方薬局やらはその姿を消していた。そんなものがあったことを連想させるものは一つもなかった。それらはただ僕の記憶の中に残り続けるだけで、そしてそれさえもいずれ失われてしまうだろう
 ドアを開けると店内は相変わらずだった。悪趣味なホラー・ムービーのポスターや英語のナンバー・プレートなんかが所狭しと並べられていた。ドアにつけられた鈴の音に反応して、店主が新聞から目線だけをこちらに上げる
「やあ」僕は手を挙げ話しかけた
 店主は少し戸惑ってから「ああ、あんたか。久しぶりだね」と答えた
「コーヒーでいいかい?」
「うん。頼むよ」僕は言った
 店主がコーヒーを淹れているあいだ、僕は窓から見える外の景色をあてもなく眺めていた。そこに見知った街の景色はなく、その面影さえもどこにもなかった。幾台かのバスがロータリーに身を寄せ合い、そして先頭のバスがどこかへ出かけてしまうとそれを見計らったかのようにまた別の一台がその輪の中に滑り込んできた。その光景のどれもこれもが僕の体に馴染むことのない光景だった。店主がコーヒーをカウンター越しに出すと、僕はそのカップの中身を覗きこんでから一口飲んだ
「それで、今日はいったいどうしたんだい?」店主はカウンターの中のスツールに腰掛け、読みかけの新聞を半分に折りながら尋ねた
 僕は二口目のコーヒーをすすっている最中だった。飲み終えてから答えた
「この店だけは変わらないね。本当はここにも寄るつもりはなかったんだ。だけどまわりがあんまりにも変わっちまっててね。ここが本当に目的の街なのか不安になったのさ。それでね」そう言って灰皿を引き寄せ、懐から煙草を取り出した。店主はまだこちらを見つめていたので付け加えて僕が喋った
「おやじの葬式さ」
 店主は頷き、「そいつは、」と言いかけたところで僕が遮った
「『気の毒に』なんてやめてくれよ。別に気の毒な事なんか何にもない。やっとくたばってくれたんだ。誰でもいいから感謝したいくらいだよ」それだけ言うと煙草に火を点けた。店主は困ったように笑った
「あんたも変わらないね。そんなんじゃどこに行ったってうまくやっていけないだろう?」
「まあね。自慢じゃないが友達はあんた以外にほとんどいないよ」僕は言った。店主は再び困ったような笑いを浮かべた
「何年振りだろう?五年くらいかな」
「僕が十九の時に街を出て、それ以来だから七年ってところだね」
「七年」店主が復唱した
「ああ、七年だ」僕も繰り返した
「長いね」
「そうだね。長い時間だ。十二歳のガキを十九にしちまうだけの時間だ」
僕はそのあともコーヒーをゆっくりとすすり続けた。コーヒー飲み終えるまでに煙草を二本吸い、そしてその間どちらも黙っていた。結局その日僕は三本の煙草をその店で吸い、そして出ていった。コーヒーを飲み終え三本目の煙草を吸いながらこのあたりのことについて会話を交わした。街は一体いつからこの風景になったのか、街に残った知り合いの近況、駅前に並んでいたタバコ屋の行方。そんなとりとめのない話たちだ
 煙草を吸い終わると灰皿で丁寧に火を消し、もう行くよ、と言った
 うん、と答えが返ってくる
「またいつかこの街には戻るのかい?」
「わからないな。でも……、たぶん戻ってこないだろうな」
「そうか。俺もね、この店をそろそろたたもうかと思っているんだ」そう言って店主はスツールから腰を上げた。「いろいろ考えたんだけどそれが一番いいんだ。この店も今年で最後だ。でもまぁ、なんていうかね、あんたには会えてよかったよ」
「僕もだよ」そう言ってコーヒーの代金をカウンターに置いた。「元気で」
「あんたもね」そう言って店主は笑った。唇だけをやっとのことで持ち上げられた、といった具合の淋しげな笑顔だった

 その後僕はしばらく歩き街を見て回った。そして停留所二つ分ばかり歩いたところで見るべきものは何もない、という結論に達した。そこでバスを待つことにした。僕が通学に使っていた系統のバスだ。バスが来るまでの間、自分の居場所について考えた。僕が行き着いた街には、やはり馴染めなかった。ではこの故郷の街は?
 そんなことを考えているうちにバスが来た。ドアが開き、僕は乗り込んだ。バスは昔と少しも変わらなかった。しかしそこに以前僕が感じていた親しみのようなものはなかった。捉えどころのないよそよそしさが広がっていた。
 では、と思う――僕は一体どこへ行くべきなのだろう?


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このストーリーに関するコメント

12/11/23 サトースズキ

堀田実さん
ありがとうございます。僕も堀田実さんの作品をずっと読んでいたので――個人的には『エレベーター』が一番好きです――コメントを頂いたときはちょっとびっくりしました。うれしいです。

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