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ちりぬるをさん

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夫の鼻歌

17/05/22 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:1件 ちりぬるを 閲覧数:379

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 いわゆる普通の幸せというものを私が手に入れて三年が経つ。愛する夫と結婚し、勤めていた会社を辞めて専業主婦になった。都内にマンションを買い、趣味も充実していて何不自由のない暮らしだ。

 夫が帰ってくる時間に合わせて鼻歌を歌いながらカレーを煮込んでいた。最新の圧力鍋でトロトロになった牛肉を入れたビーフカレーは夫の大好物だった。
 玄関で鍵を開ける音がした。私は火を弱め、鍋に蓋をして鼻歌混じりに夫を迎えに玄関へ向かう。最近流行りの浮気した彼氏を恨む歌だったが、流行に疎い夫はそんな歌知らないらしい。
「おかえりなさい」
「ただいま。お、今日はカレーか」
 今年三十五歳になる夫はカレーの匂いに目を輝かせる。そんな子供のような無邪気さが私は大好きだった。
「着替えてる間に用意しちゃうね」
 私は再びキッチンへ戻り、盛りつけを始める。スーツから部屋着に着替える夫の鼻歌が聞こえてきた。
「ねえ、それなんて曲?」
 結婚してから私に癖がうつったのか、夫は鼻歌を歌うようになった。流行のJ-POPが好きな私と違い、夫はよくクラシックや映画のBGMを口ずさむことが多い。今歌っているのはここ最近よく夫が歌っている曲で、妙に耳に残るメロディーが前から気になっていた。
「何の曲か忘れたんだけど、最近頭から離れないんだよね」
 着替えを終えた夫が座るテーブルにカレーを運びながら「そういうのあるあるだよね」と私も同意する。なぜか一日中頭の中で同じ曲がループすることなんて誰にでもあることだろうし、メロディーだけ覚えていて何の曲が分からないことも同様だろう。そして後者を解決する方法を私は知っていた。
「食べ終わったら教えてあげるね」
「え、じゃあ早く食べちゃおう」
 急いで食べようとする夫にふくれる私を見て「冗談だよ」と夫が笑った。

「アプリでね、メロディーから曲名を検索出来るのがあるの」
 夕食後、コーヒーを飲みながら私はスマホを夫に見せる。最近仲良くなった同じマンションの友人から教わったものだった。彼女とはお互いカラオケが趣味ということで意気投合し、一緒にカラオケに行くのはもちろん、互いの家に遊びに訪れる程仲良くなった。彼女の旦那さんは単身赴任中らしく、今度夫に紹介がてら一緒に夕食でもと誘っているところだ。
「全然ヒットしないよ?」
 私が前に使った時はすぐに曲名と歌手名が出たのに、夫の鼻歌では何度やっても「該当なし」と出てしまう。「マニアックすぎるんじゃない? それか音痴すぎるか」と笑い合ってその話は終わった。

 その翌日私は午前中に家事と買い物を済ませた。昼から例の友人とカラオケに行く約束をしていた。平日の昼は料金が安い上に部屋もガラガラで私はそれが主婦の特権のように感じていた。
 さすがに昼間からアルコールは飲まないが、歌いながらランチ代わりにパスタやポテトをつまむ。カロリーは気になるが、好きな音楽が合う彼女と二人で行くカラオケではまるで学生時代に戻ったかのように飛び跳ねたり踊ったりするので、その熱唱でプラマイゼロになるだろう。
「そういえばあのアプリで検索出来ない曲があったのよね」
 たっぷり二時間歌って踊った私達は休憩にドリンクのおかわりを注文し、待っている間に雑談をするのがいつもの流れだった。彼女はスマホにも詳しく、面白いアプリをいつも教えてくれる。
「インディーズの曲とかだと登録されてないからヒットしないよ? あと有名じゃない映画のサントラとか、それかオリジナルとか」
 駄目だった理由をいくつか挙げながら、オリジナルと言えば、と彼女はスマホを手に取った。
「鼻歌で作曲出来るアプリがあるのよ。やってみたら簡単だし、結構面白いのよ」
 運ばれてきた烏龍茶をストローで飲みながら私は身を乗り出す。作曲には興味があった。たまに適当に口ずさむ曲でお気に入りのものが出来ることもあったが大抵すぐに忘れてしまう。それを形に出来るというのは考えただけでも面白そうだ。
「これなんか私が作って今目覚ましのアラームにしてるのよ」
 そう言って聴かせてくれた、朝スッキリと起きられそうな軽快な曲はいつも夫が口ずさんでいる曲だった。
「これってあなたのオリジナル?」
「そうよ」
「どこかに発表とかしてるの?」
「まさか、全然そんなレベルじゃないわよ。本当にアラームだけ」
「そうなの……」

 玄関で鍵を開ける音がした。私は真っ暗なリビングから鼻歌を歌いながら夫を迎えに玄関へ向かう。
「おかえりなさい」
「ただいま。今日は……なにかな?」
「ねえ、あなたがいつも口ずさんでた曲が何か分かったわよ」
 私は後ろ手に隠し持った包丁をぎゅっと握った。


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このストーリーに関するコメント

17/07/20 光石七

拝読しました。
鼻歌から明らかになる事実と恐ろしい結末。直接的な言葉で語られない分、怖さが引き立ちますね。
隠れて浮気をしているのに家庭では穏やかで良い夫、そういうキャラクターの描き方も巧いと思いました。
一点気になったのは、冒頭の主人公の鼻歌の曲でしょうか。すでに主人公が夫の浮気を疑っているものと勘ぐりすぎてしまい、夕食後の夫婦の仲の良さに少し混乱しました。私の読み方が悪かっただけかもしれませんが……
【音楽】というテーマで鼻歌をもってくる発想が新鮮で、さらにのどかなイメージのあるその鼻歌でサスペンスに仕上げられたことに感嘆しました。
面白かったです!

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