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家永真早さん

ブロマンスやロマンシスが書きたい。 何気ない日常や、日常の中の非日常を書くのが好きです。 http://ienagaworks.php.xdomain.jp/

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君の世界に響け

17/05/22 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:2件 家永真早 閲覧数:263

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「今日はライブ休みなん?」
 バイト先の更衣室で、いつも背負っているギターがないことを見つけられ、徹平は先輩に訊かれた。
「ギター壊れて」
 昨日のことを苦々しく思い出しながら、不機嫌な顔で徹平は答える。
 徹平はメジャーデビューを目指す路上ミュージシャンで、毎日近くの駅前でライブをしていた。夜7時、花壇の前が指定位置。
 ファンも何人かつき、声援を送ってくれる子もいる。自主製作CDの通販売り上げも上々だ。新曲も思い付き、全てがうまくいっているように思えた。
 昨日は、自分も悪かったのだと分かっている。無理に演奏なんてしなくても良かった。それでも徹平は自分の非を全面的に受け入れられないでいる。助けを乞う中、無情に去って行く背中が瞼から消え去らない。
 ギターをかき鳴らし声を張り上げる徹平の前を多くの人が足早に通り過ぎる中、一人の男性だけが毎日立ち止まって聴いてくれていた。ファンの中でも毎日顔を見る人はおらず、また、彼は他の子よりも年齢が上に見え、珍しくて顔を覚えてしまった。そして、どこかの音楽関係者が徹平に声をかけるタイミングを図っているのかなとも思い、徹平自身も毎日彼の姿を探すようになっていた。しかし彼が徹平の歌を聴くようになり少なくとも一ヶ月は経っているが、残念ながら声はかけられなかった。
 歌が終わり、口々に声をかけるファンからワンテンポ遅れて彼は拍手をした。顔は微笑んでいるし、毎日来るくらいだから徹平の歌を好いてくれているのだろうと思った。しかし多分そんなことはなかったのだ。彼が徹平の歌を聴いていた事実さえ憎く思う。
 昨日は風の強い日だった。自転車が倒れ、ノボリが倒れ、看板が飛んだ。ビニール袋が舞う中、いつもの場所でギターを弾いた。さすがにお客も疎らで、最初から最後まで聴いていたのは彼一人だった。
「ありがとう!」
 最後のバラードを終え、徹平が頭を下げると小さく拍手が起こる。片付けが始まれば彼も他の客も踵を返して去って行った。ここまではいつも通りだ。風が強い為早くギターを片付けようとしたが、ソフトケースが突風に吹かれて飛んでしまった。ケースは男性の方へと滑った。
「拾って下さい!」
 ギターを抱え、徹平は叫んだ。道行く人が振り返る。しかし彼だけは振り返らなかった。
 何を思ったか、徹平はギターをスタンドに立て、ケースを追った。ケースは女性に拾われたが、ギターは風で倒れ、ネックが折れてしまっていた。
「そうか。災難だなぁ」
 先輩は徹平にそうとだけ言うと、タイムカードを押して帰って行った。
 いつもは夜6時半きっちりに上がるが、今日は8時に徹平は帰途についた。駅を突っ切った先に家があり、いつもの花壇の前を通ることになる。今はあまり近付きたくない気分だったが、遠回りするのも面倒だ。
 逆恨みに近いことは分かっている。すぐにケースを拾ってくれなかったのは誰だって同じだった。一番の原因は、スタンドにギターを立てた自分だ。それでも彼の背中の冷たさに酷く傷つき、更に恨みさえ沸き起こる。
 徹平の早足に空き缶が当たった。耳障りな音を立てて花壇の側に転がって行き、傍らに立つ男性の足元で止まる。男性は缶を拾い上げた。いつもの彼だった。
 それは拾うのかよ、と徹平は顔を歪める。
 彼は徹平に気付いたようだった。
「今日は休み。多分、ずーっと」
 不愉快さを隠さず徹平は言い放つ。彼は眉間に皺を寄せて頭を掻き、少し考える素振りを見せてから、自身の耳を指差した。それから、目の前で手を横に振り、両手を合わせた。
 耳、聞こえない、ごめん。もう一度繰り返されるジェスチャーを、徹平はそう読み取った。
 徹平はむくれ顔のままスマホを取り出し、メッセージアプリの画面を彼に見せた。意図を汲んだ彼と、友達登録をする。名前には南と書いてあった。南宛てに、ギターが壊れた旨を送った。
『そうなんだ』
 南から返る。
 昨日、南は徹平の声を無視したのではなく、聞こえなかったという訳だ。しかし、だとしたら疑問も残る。
『あの』
 そうとだけ送って、徹平は指を止めた。何で聞こえないのに来てたんですか? そんな質問、失礼な気がした。
『聞こえないのに来てたなんて失礼だったね』
 先手を打って、南が返す。
「そんなことは」
 口に出し、徹平は首を振る。南は目を細めて笑った。
『ここで歌う君を見た時、歌が聞こえたんだ。それから気になってさ』
 南は続けざまに送ってくる。
『君が弾いてる曲とは違うかもしれないが』
『また歌って欲しい。ギターは高いのかな』
 何となく続く言葉が予想でき、徹平は文字を打つ南の腕を掴んで制した。プライドとか、施し不要とか、そんなつもりはないが。
「俺に」
 言ってから、首を傾ける南にメッセージを打つ。
『俺に手話教えて下さいよ。両手が空いたんで』


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このストーリーに関するコメント

17/07/01 むねすけ

読ませていただきました

耳の聞こえない人に、聞こえた歌。だから毎日、現れていた。
頭の中に見えてくる風景の中で、立っている南さんの姿が、切なくも美しいです。
ラストのセリフが物語のお終いというより、続いてく最初のセリフのようで、気持ちいい締め方だと感じました。

17/07/04 家永真早

むねすけさん
ありがとうございます!
聞こえないはずの耳に届いた歌を聞きたくて通う南の姿を思い描いていただけて嬉しいです。
徹平はどんなミュージシャンになるのか、ラストのセリフに彼の前途の無限の可能性を感じていただけたらと思います。

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