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霜月秋介さん

しもつきしゅうすけです。 日々の暮らしの中からモノガタリを見つけ出し、テーマに沿って書いていきます。

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アリを潰すのは正義?

17/05/22 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:0件 霜月秋介 閲覧数:411

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 部屋の床を、一匹のアリが這っていた。それを私はしばらく眺めていた。こんなちっぽけな昆虫にも、感情があるものなのだろうか、何を目的として生きているのだろうかなどと考えながら、じぃっと眺めていた。それを目にした母は、血相を変えてアリを踏み潰した。
「なにボーっとしてるんだい!いいかい?家の中でアリを見つけたら、すぐに殺すんだよ?でないといずれ、この家はアリによって滅ぼされてしまうんだからね!わかったかい?」
 大げさな言い方だ。こんなちっぽけな虫に、家を滅ぼす力などあるものなのだろうか。たしかに柱や壁を少しずつ食い破られていけば、やがてこの家は朽ちゆくかもしれない。しかしアリだって一生懸命生きている。そんな生命を一瞬で断ち切った、アリを踏み潰したときの母の表情は、まるで悪魔のようだった。

 私は昔から、人間の都合でいとも容易く生命を断ち切られる生きとし生けるもの、例えば植物、野菜、魚、動物に対して、人一倍感情移入しやすい性質だった。食物にするため、もしくは飾られるために、茎をハサミでバチンと断ち切られる花、畑で大きく育った大根、人に釣られて、地上でジタバタしている魚、食料になるために育てられる豚や牛や鳥、そして育つ前に食べられてしまう鶏卵。いずれも人間の都合で容易く生命を断ち切られてしまうのだ。可哀想だ。もっと生類を哀れむべきだ。江戸時代の徳川綱吉の気持ちが少し理解できてしまう。人畜無害という言葉があるが、そんなもの嘘だ。なんだかんだで、動物の生命の害になってるではないか。

 感情。生命を食べるときに、それが一番邪魔をする。自分が悪いことをしているような気がして、罪悪感が生じる。なんの感情も持たなければ、容易く食べられるというのに。

 母がアリを踏み潰そうとしたとき、アリは逃げようとしていた。つまり、抵抗していた。アリにも少なからず、感情があるということだ。

 母がアリを殺したのは、この家を守る為。それが母の正義というものなのだろう。母自身の正義。我が家の正義。自身が持つ正義というものは、人によって違うものなのだろう。『人を殺すことはいけません』なんてことは誰でも知っている、道徳的正義、いわば世界の正義だ。しかし『動物、植物を殺すことはいけません』というのは、なんか違う。それは私のように、どんな生命に対しても『可哀想』と思える人だけ持つ、己の正義だ。人が生きていく為には、犠牲にしなくてはならない生命もあるのだから。

 世界の正義は人々に共通するが、己の正義は人によって違う。たとえ人の命を奪ってでも己の正義を貫く者もいるし、何がいいか何が悪いかなんて、人の感じ方で変わってくる。いわば個性だ。

 さんざん、人間の都合で生命を脅かされる生物が可哀想だと語ってきたが、蚊やカメムシ、毒蛇に対してはまったくそのような感情は持ち合わせていない。奴らはいずれも人間に害をなす生き物だ。血を吸ったり噛んだり異臭を放つなど、なんて恐ろしい!見つけたら容赦なく潰す、はじく、あるいは逃げてやる!おっと、友人から電話がきた。

『なあなあ、今晩ウチの庭でバーベキューやるんだけど来ないか?いい牛肉が手に入ってよぉ』
「お!いいな!行く行く!じゃあ豚肉あとで持っていくわ」


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