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いありきうらかさん

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正論戦争

17/05/22 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:0件 いありきうらか 閲覧数:450

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世間では「ブラック企業」という言葉が蔓延っている。
そういう意味では、私が所属している研究室は、他研究室から見て「ブラック研究室」なのだと思う。
他研究室と比較をすると、1日あたりの作業量は多く、時には深夜、土日にも作業を行っている。
他学科や他大学の様子を知らない私にしてみれば、これは研究室の姿として普通だと捉えている。
しかし、研究室内の後輩には、他研究室が青く生い茂った芝生に見えているようだ。

私はこの研究室に入る前、2つ上の先輩から「この研究室には入らない方が良い」と忠告された。
その先輩は自分が今所属している研究室のかつての先輩であり、体調を崩し休学後、自主退学した。
先生は私たちに「病気になり、辞めていった」と説明しているが、
本当は「先生と今後研究をやっていく自信がない」という理由で辞めたことを私は知っている。
私の研究室において、大学院に進学した学生のうち、3分の2は途中で退学するか、他研究室に移っている。

昨年度、私の1つ上の先輩は卒業から残り半年、というところで別の研究室に移り、卒業した。
私が研究室に入ってから、先輩は週に1回の頻度で怒られていた。
なんとか耐え忍んでいた先輩だったが、「今のままだと内定が決まっていようと、卒業させることはできない」という言葉で完全に心を折られてしまい、いつからか研究室に来なくなったのだ。
その流れを見て、2人の後輩が別の研究室に移った。
彼らは「この研究室で残り2年を過ごす自信がない」と判断した。

私が研究室に入ってから、さらに同期を含め5人も研究室から姿を消した。
私が見る限り先生は反省の色を示さない。
「研究室を辞めている人が毎年いるが、自分の責任だとは思っていない」
はっきりとそう言っているのも聞いた。

先生の方針は、「能力がない者を卒業させる必要はない」というものだ。
一方、合同でゼミ活動を行っていた研究室の教授は「就職が決まっているのだから卒業させるべき」という考えの持ち主であった。
先生と教授は後に、指導方法や考え方の相違で袂を分かつこととなる。

1つ上の先輩は先生からよく「心構えがなっていない」「意思が弱い」と指摘されていた。
先輩は指摘をされる度に、「自分なりに頑張っているつもり」と説明していた。
どちらの言っていることも理解できる。
事実先輩は考えが甘いところが見え隠れしていた。
また一方で、今までの分を取り返そうと深夜まで作業を行っていた。
残念ながら努力のベクトルは正しい方向に向かず、努力は評価されなかった。

「自分なりに頑張った」という言葉に価値はない。
その頑張りや得られた結果は、他人に評価されるものだからだ。
一方で、人間は「自分なりに」考えて頑張ることしかできない。
他人の言葉を自分なりに噛み砕き、自分なりに行動することしかできない。
咀嚼し損ねた人間に対し、指導を聞き入れないと非難することもできるし、
正しい道に導く指導力がない、と指導者を非難することもできるはずだ。
非難の方向は自由であり、個人の価値観がその方向を決めている。
非難は方向が違うだけで、正論である。
互いに正論を振りかざし、どちらも正しいと考えているから折衝もない。
そして、この正論のぶつかり合いを見て、勝者を判定するのは個人の価値観に依存してしまう。
だからこそ先生と教授は関係を解消し、そして研究室の学生は去った。
自分は正しいことを言っている、だからこそ自分の意思を押し通すのか、
それとも正論と正論の間でバランスを取るのか、この裁量は個人に委ねられている。

先生は「強い意思があれば人間は必ず変われる」と言っていた。
一方、私は思う。「人間は簡単には変わることができない。」そして「簡単に変わろうともしない。」
事実、先生は研究室からの脱獄者が増えても何も変わらない。
そしてこれは、先生が研究室を辞めていく人間を問題視していないことの裏付けにもなっている。
切り口が違うだけで、先生と私の考えは本質的に同じである。

私の卒業が残り1年を切ったとき、唐突に先生の態度は変わった。
これまで注意されてこなかったことにすら、指摘が入るようになった。
1つ上の先輩の姿と今の自分の姿が重なってきているように感じる。

自分はこれまで最善を尽くしてきたつもりだ。
他研究室の人間と比べれば数十倍研究に関わってきたと考えている。
それでも今後評価されなかったとき私はどうするのだろうか。
かつての仲間たちと同じく、研究室を去るのだろうか。
先生は自分をただの屍の1つと見なすだろうか。

私には何が正しいのかわからない。
書類をどこまで仕上げればいいのか。自分の努力の方向は正しいのか。
先生が言っていることが正しいのかどうか。私の考えが正しいのかどうか。
何もかもがわからない。


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