1. トップページ
  2. 地球のヒーロー

本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 魁! 不労所得!
座右の銘 定時帰社特攻隊長

投稿済みの作品

0

地球のヒーロー

17/05/17 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:277

この作品を評価する

「おじいさん」少年は初夏の陽射しで七色に輝く水辺に横たわりながら、意思伝達用の花粉を飛ばした。「聞きたいことがあるんだけど」
 風に乗ったそれは、となりに横たわっている老人のレセプターに折よく結合した。
「なんだね、坊主」老人は花粉を飛ばした。
「ぼくたちがむかし、この地球を歩き回ってたことがあるって聞いたんだ。こうやって日がな一日中、寝転がって日光を受けるだけじゃなしにさ」
「誰がそんな与太を吹いてるんだ?」
 少年の花粉に心なしか、気おくれを意味する化学物質が混じる。「ええと、〈博士〉なんだけど」
「あいつにも困ったもんだ。で、お前はそれを信じてるわけか?」
「まさか! だってどうやったらぼくらが動き回れるのさ。数平方メートルの葉緑体含有受容器を展開して、おまけに完全黒体になってようやく光合成で命をつないでるのに」
 しばらく間が空いたのち、「坊主。〈博士〉の言ってることは本当なんだ」
「おじいさんまでどうしちゃったの」
「まあ聞け。これはヒーローになった男の物語だ」
 そしてそれは、許されざる裏切りの物語でもあった。

     *     *     *

 わしは若い時分、まだ人間だった。
 例の〈博士〉が吹聴してるように二本足で立ち、ほかの生きものから栄養を奪い、この星をめちゃくちゃに壊して回る気ちがい動物だったわけだ。
 わしがそれを決心したとき、ずいぶんと気が滅入っていたのを潔く白状しよう。地球のためとか環境保護とかを真剣に考えてたわけじゃない。表向きはそうなってるがね。研究室に新しく入ってきた大学院生の娘にぞっこん惚れこんじまったあと、こっぴどく袖にされたのが堪えた。たぶんこれが本当のところさ。なにもかもいやになってたんだろうな。
 わしの専門は植物の遺伝子操作だった。アグロバクテリウムを使ったやつだな。じゃがいもとか稲とかの栄養改善なんかをやってた。もう何百年も前のことだがね。
 アグロバクテリウムは染色体とはべつに、環状プラスミドに独自の遺伝子を保持してるのは知ってるだろう。こいつを植物に無理やりねじ込んで、自分に必要な栄養素を強制的に作らせちまう。そのやりかただけを拝借すれば、望みの形質を運ばせるベクターとして使える。
 例の娘に振られて失意のどん底にいたわしは、〈地球浄化委員会〉なる連中に手を貸す気になってしまった。こいつらは極端なまでの左巻きで、そのくせ一人前の科学者で、おまけに一人残らず狂人だった。
 連中の考えは当時そこらじゅうにあふれてた環境保護論者の決定版みたいな思想だったが、ほかの有象無象とちがったのは、根っからの平等主義者なのと高邁な自説を実行に移せるだけの力を持ってたという点だろうな。
〈地球浄化委員会〉は独立栄養生物だけが本物だと考えてたし、わしも感化されてたのは否めん。要するに自前で糖やらアミノ酸やらを合成できる植物だけが生き残るべきで、従属栄養生物である動物は滅ぶべきってわけだ。
 連中は平等主義者だったから、人間だけが地球に悪さをしてるとは考えなかった。だから仕事は簡単だった。人間にだけ選択的に感染するアグロバクテリウムをデザインしなくてすんだんだ。それは猫でも豚でも無差別にひっついて、染色体にプラスミドを滑り込ませる。それは細胞内のリボソームを乗っ取って、塩基配列に沿ったタンパク質を合成させる。
 そのプラスミドに乗ってた遺伝子、それがわしやお前をこの世に誕生させたのさ。葉緑体をそっくり合成し、メラニン色素で真っ黒になって全波長帯域のエネルギーを貪欲に吸収する、完全黒体生物。日々を無為に寝て過ごすだけの、動物と植物のハイブリッド。それがわしらなのさ。

     *     *     *

 物語は終わった。
 二人はしばらく花粉を出さず、気だるい水辺に寝転がりながら水を吸収している。それは複雑極まる光合成と、蒸散による排熱に使われるであろう。
 やがて少年はふと浮かんだ疑問を投げかけた(もちろん花粉でだ)。「おじいさんは自分のやったことを後悔してる?」
「いいや。なんで後悔する必要がある?」
「人類という種は滅びたわけでしょ。それについてはどう思ってるの」
「あのままわしらをのさばらせてたら、地球が先に参っちまってたさ」老人は自分に言い聞かせるように、「動機はどうあれ、結果的には地球のためになった。そうじゃないかね、坊主。わしは正義のヒーローなんだよ」
「ぼくもそうだと思う」
 もしホモ・サピエンスが一人でも生き延びていたなら、彼または彼女は声を荒げて反論したにちがいない。「お前は悪魔だ!」
 しかし老人にとって幸いなことに、ホモ・サピエンスはすっかり絶滅しているのだった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン