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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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歩道橋にて

17/05/17 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:2件 秋 ひのこ 閲覧数:627

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 駅前で中学生数人が、同級生を堂々とカツアゲしている。
 少年は顔を真っ赤にして抵抗するが、ニヤニヤ笑って囲まれなす術もない。
「あ、あ、財布出したよ。万札! 今日びの中学生は万札持ち歩いてんのか。あー、とられちゃった」
 苦虫を噛み潰したような顔で悔しがるのはトチさんだ。
「見ろよ、誰も止めやしねえ。知らん顔だ」
 トチさんの隣でマツさんがぼやく。

 駅直結の大きな歩道橋の上で、今日もマツさんとトチさんは人間観察に精を出す。
 3つの路線が交差するB駅は終日人通りが絶えない。蛸足のように幾本も階段が伸びるこの歩道橋は、路上演奏者や路上生活者が暗黙の了解で住み分けており、マツさんとトチさんは後者である。
 
「東側からママさんが巨大乳母車で突進してきます。速い、速い。通行人を轢く勢いだ。轢くか! いや、兄ちゃん飛び退いた。ママさんはそれを睨みつけて先を急ぐー」
 マツさんの実況中継にトチさんがニヤニヤして同じ方向を見下ろした。
「続きまして杖の老人。歩行は遅いが無敵の自信。赤信号を完全無視。おおっと車から苦情の荒らし。老人気にしないー」
 へへへ、とふたりで笑い、くるりと向きをかえて手すりに背を預け座り込む。
 通行人が足早にふたりの前を行き交う。誰もふたりを気にかけない。他人はふたりを意図的に無視し、ふたりは彼らに注意を払う。誰も見ているようで見ていないと思い込んでいる彼らのちょっとした身勝手と、ちょっとした悪を、ふたりは観察する。
「飽きねぇな、人間は」
「渦中にいると面倒臭ぇのにな」
 それが、ふたりの日常だ。

 群青の空に星が瞬く頃、中学生くらいの少女が目の前に立った。
 唇を引き締め、何かに耐えるようにじっとこちらを見下ろしてくる。それから、すっとしゃがみ花束を地面に置いた。
 マツさんとトチさんは顔を見合わせる。
 少女はふたりに向かい、掌を合わせた。
 すると、背後からギターを肩にかけた若い男が近づいてきた。向かいの踊り場でしょっちゅう自作の歌を披露しているナカノだ。
「君、もしかしておじさんたちの知り合い?」
 少女が黙って振り返る。
「や、珍しいなと思って。誰もこういうことしないから」
 マツさんとトチさんは不思議そうにナカノを見上げた。
 場所取りを通じた顔見知りだ。最初は互いに牽制し合っていたが、その内気さくに話すようになった。メジャーデビューを目指す20歳。意外と芯のあるいい奴なのだ。
「あなたは、知り合いですか」
 大人びた口調で少女が聞き返す。ナカノは少し面食らい、それから照れくさそうに「まあ、知り合いっていうか、と、友達?」と言った。
 マツさんもトチさんもあんぐりと口を開ける。
 ナカノよ、友達ってお前。
 トチさんなど、目が潤んでいる。
「君は?」
「前に、......家出した時によくしてもらって」
 あ、思い出した、とトチさんが言った。何年か前に家出の小学生がいたろ、あの子だよ。
 マツさんも、そうか、あの子か、と得心する。
「犯人、今も普通に暮らしてるんですよ、知ってます? 未成年で心神耗弱、責任能力なし。親が県の議員だからあれこれ手を回して、結果的に無罪放免」
「うわ、詳しいね」
「ずっと気になってて。ネットで調べたの。週刊誌とかも立ち読みして」
 少女は思いつめた目をしていた。
「私、法律を勉強してちゃんと正義を下せる人になろうと思って」
「偉いね。まだ中学生でしょ? それでセイギとか。俺は歌で表現するくらいしかできねぇや」
「ここで色んな人を眺めて、おじさんたちに『世の中捨てたもんじゃない』って教わったから。ほんとは世の中終わってるって思うけど、それじゃおじさんたちがかわいそう」
 マツさんはトチさんを見て肩をすくめた。あの時は子供を励まそうと『ちょっとした優しさ』をこの歩道橋から探したのだった。
 ナカノは自分の持ち場に戻り、歌い始めた。
 少女は帰ろうとしたが足を止め、歌に耳を傾ける。
「あのガキ、無罪放免かあ」
 マツさんがつぶやく。
 一年ほど前、ここで寝込みを突然襲われた。社会のクズを一掃するとかなんとか。
「死んだのがホームレスふたり。あのお嬢ちゃんの話からして、犯人は金持ちのイカれた未成年。まあ、珍しい話じゃないわな」
 ナカノが歌う。誰も聴かない正義の歌を。
 生きていた時から誰にも相手にされなかったふたりは、死んだ後も誰の関心を得ることもなく、罪も正義もするするとふたりを避けていく。
 少女がちらりとこちらを振り返った。
「でもあの子、気にしてくれてるんだな」
「赤の他人なのにな」
「ナカノも俺たちのためにあの歌、作ってくれたしな」
 駅から吐き出されてきた人々がどっと行き交う。
 ナカノの大声に顔をしかめ、少女を無視し、誰かが足元の花束の端を踏んだ。


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このストーリーに関するコメント

17/06/19 光石七

拝読しました。
自己中心的に他人を押しのけたり虐げたりする人、悪行を見て見ぬふりをする人、偏向的な正義で突っ走る人、無関心な人……
行き交う人々の中で、少女とナカノの優しさと正義がまばゆいですね。それはともすれば埋もれてしまう小さな光かもしれないけれど、この社会に絶対に必要なものだと思います。
素晴らしい作品でした!

17/06/20 秋 ひのこ

光石七さま
こんにちは。丁寧なコメントをありがとうございます!
普段、せちがらい世の中だなあと思うことが多いのですが、捨てたもんじゃないなと思う瞬間もあり、少女とナカノには後者をすくいとってもらいました。
カツアゲをのぞく、突進する巨大乳母車や信号無視の老人は時々わたし自身が見かけて、なんだかなと思う光景です(でも注意なんてとてもできない小心者なわたし……)。

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