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本宮晃樹さん

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ねずみ小僧、種分化を左右す

17/05/10 コンテスト(テーマ):第104回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:302

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 標的の成金が向こうからのっしのっしと歩いてくる。なんて大げさなかっこうだ。ウガンダかコンゴにでも出征しにいくつもりか?
 災害救助から局地戦までなんでもこなす機動装甲を着込んだ富裕層を狙うのは、どう考えても効率が悪いように思える。いくら必要部位がチン毛の一本かそこらだとしても、西洋の騎士もかくやといったようすで全身を熱可塑性樹脂で固められては、俺たちみたいなむかしながらのコソ泥では太刀打ちできない。
 と、並みのコソ泥なら考えるだろう。ここに同業者を出し抜く商機が生まれるわけだ。みんながそう考えたとしてみなさい。そうなると遺伝子の価値こそ低いものの、もう少し気軽にチャレンジできる獲物――機動装甲だなんていう物騒なしろものを着込んでいない、善良でそこそこ金持ちな市民――がターゲットにされる。
 そいつらにはそうさせておけばいい。俺たちのように頭の切れる連中は空いたニッチを埋めるべく、機動装甲をものともせずに細胞のひとひらをかっぱらうというわけだ。とくとごろうじろ、いまから鮮やかな手並みをご覧に入れる。
「どうもだんな」片手を上げて陽気にあいさつする。「最近物騒でいけないね」
「すまんが急いでるんでね」外部スピーカーモードだ。「失礼」
「だんなみたいなお偉方にもなると、肌の露出もままならない。ほんとの話、いやな世の中になったもんですな」
「それ以上近づくな」モーターの低いうなりが聞こえる。筋電位増幅装置を起動しやがった。標的はいまや常人の数十倍にもなる腕力を持つサイクロプスだ。「近づけば容赦せんぞ」
「わかりますよ。見知らぬ人間は全員、だんなの遺伝子を狙う禿鷹に見えるってんでしょ」俺は努めていましも振り下ろされるかもしれないパンチにビビッていないふりをしつつ、「そりゃしかたない。だんなはたぶん受精卵の時分、人工染色体にしこたま上等な遺伝子オプションをつけてもらった口でしょう? 親御さんには頭が下がりますね、ほんとの話」
「なにが目的なんだ、きさまは」
「髪の毛一本でも抜き取られたが最後、細胞核から虎の子の染色体を解析され、そいつを闇ルートで売買されるおそれがある。せっかくだんなのために大枚はたいた親御さんの苦労が水の泡。人間不信にもなる。しまいには往来を歩くためだけにこんなおっかない機械を着込まにゃならん。精神的な充足を得られる生活とはとうてい言えませんな」
「新手の霊感商法かなにかか? 地獄へ失せろ」
「いやいや、そういうたぐいではありませんよ」標的が許せるであろうぎりぎりの範囲まで近づいて、目にも止まらぬ早業で酸素ボンベに収束レーザー(ボールペン型)を数マイクロ秒だけ照射し、極小の穴を空ける。「わたしは心底嘆いてるですよ、人さまの遺伝子をつけ狙う悪党がはびこる昨今の世情をね」
「そりゃけっこうなことだ」標的は皮肉をたっぷり込めて、「でもお前がそうじゃないという保証はどこにもないだろうが」
 ご名答。
 これほど小さな穴だと機動装甲の損傷通知アラームも作動しない(宇宙用はべつだ)。いっぽうこのボンベには標的の吐いた臭い息が詰まっており、それはろ過装置を通って再使用に供される。そのろ過前の二酸化炭素には、微量ながら標的の細胞が混じっているだろうから、そいつをべつの吸引装置(むろんボールペン型)でスポイルする。
 あとはアジトへ帰って遠心分離機にかけ、細胞のみを抽出すれば高級遺伝子の塩基配列がロハで手に入る。これにてめでたく闇ルートへの販路が開け、俺たちはぼろもうけという寸法なのだ。
「こいつは一本取られましたな」俺はわざとらしく額をぺちんと叩いた。「少しでもだんなの心の安らぎに寄与できればと思ったんですが、どうもご迷惑だったようで」
「さっさと失せろ、〈プレーン〉の下等人種め」
「おおせのままに」

     *     *     *

 野郎は調査部――一介のコソ泥も組織だってやらねばならぬご時世なのだ――のご宣託通り、最上級の人工染色体を持っていた。機動装甲までまとって剽窃を避けようとするのもうなずける。
 昼夜兼行で解析部がこの染色体をばらしており、続々とヒット商品の塩基配列が手に入りつつある(これらの塩基配列をまともに使おうと思ったら、桁ちがいの特許使用料を権利者へ支払わねばならない)。販売先もすでに決まり、あとは売り飛ばすのを待つだけだ。
 ひとつ言っておきたいことがある。こういう闇ルートでの強化遺伝子売買が消費者の足元を見た薄汚い商売だと思ってもらっては困る。そうじゃない。むしろ値段は正規品の十分の一以下であり、まことに良心的なサービスなのだ。
 バイオテク企業どもが意図するかしないかにかかわらず、いまみたいな富裕層偏重の遺伝子サービスは人類の画一性を著しく損なうだろう。遺伝子格差は広がっていき、いずれはべつの種になっちまうことも考えられる。投資を受けたスーパーマンは〈カスタム〉、俺たちみたいな従来通りのやつらは〈プレーン〉というように。
 俺たちはそこらにたむろする小銭稼ぎ専門のコソ泥なんかでは、実はない。鼻持ちならない成金どもから遺伝子資源を再分配する義賊なのだ。
 そうとも、俺たちはねずみ小僧なのだ。ただ当事者の俺たちが言うのもなんだが、ねずみ小僧に頼らねば種の統一性を維持できない人類という連中、こいつらはもういよいよ年貢の納めどきなんじゃなかろうか。


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