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吉岡 幸一さん

性別 男性
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拾った手紙

17/05/09 コンテスト(テーマ):第105回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:411

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 公園入り口の郵便ポストの下に手紙が落ちていた。宛先を見ると「斉藤裕太様」住所はここから歩いて五分のところだ。白い長3封筒に筆ペンを使って達筆な字で書かれてある。差出人の名前はなかった。
 きちんと投函していなくて落ちたのだろうか。拾ってポストに入れてあげればそれで充分なのだろうが、僕は直接届けることにした。別に下心があったわけではない。行きつけの定食屋の近くだから昼飯を食べに行くついでに届けるだけだ。
 晴れた空の下、公園を通り抜け神社の横を曲がり住宅街に入っていく。鞄には手紙。
差出人の名前は書き忘れたのか。あれほど綺麗に宛名を書く人が自分の名前を書き忘れたりするのだろうか。
あれこれと想像をめぐらせるには時間が足りない。手紙の宛先の家にはすぐ着いてしまった。
築四十年は経っていそうな二階建ての木造家屋、手入れの行き届いた鉢植えが玄関の前に並べられている。
玄関ドアの横に赤い郵便入れがかけられていたので、鞄から取り出した手紙を入れようとしたら後ろから声をかけられた。
「あの、どちら様でしょうか」
 振り返ると白髪の夫人が買い物袋を持って立っていた。袋からはネギが飛び出している。
 手紙を拾って届けにきたことを告げると、夫人は丁寧に頭をさげた。
「どうぞお上がり下さい。お茶をお出ししますから」
 定食屋に急いでいたわけではないが、手紙を届けたくらいでお茶をいただくほど僕は無神経ではない。
 断ってすぐに去ろうとしたが、夫人はすがるような目をして何度も「どうぞ、どうぞ」と言うので断りきれず部屋にあがってしまった。
 茶の間には仏壇があり、亡き夫の遺影が飾られていた。そして幾重にも束になった手紙が供えられていた。僕が拾った手紙と同じ封筒のようで、近寄ってみると同じ筆跡で斉藤裕太様宛になっていた。
「ええ、みんな夫宛ての手紙ですよ。何十通もあります」
 お茶を出したあと、夫人は封をされたままの手紙を読むこともなくそのまま仏壇に供えた。
「ご主人が亡くなられたことを知らない方が送ってくるんですね」
 ふふっ、と夫人は上品に笑うと僕の前に座った。
「お読みにはならないんですか」
「読まなくても書いてある内容はわかるんです」
 夫人は目の前に僕が座っているのが嬉しそうだった。他に人の気配はなく、どうやらこの広い家で夫人は一人暮らしをしているらしい。
「公園のポストに下に落ちていたから、近くに住んでいる方が出した手紙だとは思うのですが」
 わざと明るく膝を叩いて言うと、夫人は首を振って笑った。
「いいえ、これは私が書いた手紙なんです。私が夫に宛てて書いて出したものなんですよ。だから書かれてある内容は読まなくてもわかるんです」
「亡くなったご主人に手紙ですか。それをわざわざ郵便で」
「はい。夫が生きていたらこんなことを話してあげたいなって、思ったことを手紙に書いて出しているんです。なんだかポストに入れると郵便屋さんが本当に夫に届けてくれるような気がして。可笑しいでしょう」
 僕はなんと答えたらいいのかわからなかった。曖昧に頷くだけだった。
「こうやって拾って届けてくれる方がいるのなら、これからもポストも下に手紙を落とそうかしら」
 夫人は四時間以上も亡くなった夫のことを嬉しそうに話し続けた。どんな性格で、どんな容姿で、どんな仕事をしていて、どんな思い出があるか。どんなに愛してくれたか。語りたいことは山ほどあるに違いない。
 ようやく夫人から解放されて家を出た時、日は沈み、仕事帰りの会社員や学校帰りの学生が家に帰っていた。
 振り返ると夫人の家にまだ明かりはついていなかった。
もう昼飯の時間は過ぎている。ビールでも飲みながらから揚げ定食でも食べよう。もしまたポストの下で手紙を拾ったなら、白髪の夫人に届けてあげるとするか。そう思いながら僕は定食屋への道を急いだ。空には一番星が淡く瞬いていた。


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