1. トップページ
  2. 甘い生を、俺たちに

時雨薫さん

性別
将来の夢
座右の銘 我ときどき思う、故にときどき我あり

投稿済みの作品

1

甘い生を、俺たちに

17/05/08 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:1件 時雨薫 閲覧数:581

この作品を評価する

 ベッドの上の彼女は艶やかだった。潤んだ眼と唇とが甘く誘った。
 俺は棒付きキャンディの袋を剥いて彼女の口に突込む。彼女は目を白黒させながらこの暴挙に抗おうとするのだが、口中に広がる甘味にその意思はいとも容易く挫かれる。筋肉が弛緩し、目元が緩む。無上の恍惚に満たされ鉄壁の女スパイは陥落した。
 コードネーム、八ツ橋。彼女は京都に拠点を置く諜報機関「葵屋本舗」の諜報員だ。こいつの色仕掛けにどれほどの要人が引っ掛かってきたことか。しかし今回は相手が悪かった。
 八ツ橋を眺める。背は低く、肉付きの良い体は弾力に満ちている。童顔で奥二重。米国の映画に出てくるような女スパイからは程遠い。仮の姿は保母さんだったりするのだろうか。
「お前は何者か。所属と名前を言え」
「あたしは葵屋本舗の八ツ橋」
「本名は?」
「そんなんあらへん」
 それから俺は彼女の任務と過去について洗いざらい聞き出した。彼女は表の顔もなければ戸籍もない。純度百パーセントの裏社会の人間、社会的に存在しない人間だった。
「あたしは八つの時に初めて仕事をしました。やり方は姐さんが教えてくれやはりました。怖かったけど上手く出来ました」
 催眠が抑制するのは理性だけでない。感情もだ。だから催眠状態のターゲットはどんな過去も無表情に淡々と話す。俺はいっそ自分も催眠にかかりたくなることがある。
「お前は今の生活に満足してるのか?」
「分かりましまへん」
「したいことはあるか?」
「人並みに生きてみたいと思います」
 
 ピンクのゴスロリが自販機にもたれてイチゴオレを飲んでいた。
「あっ、今ピンクのゴスロリって思ったでしょ。違うよ。これは甘ロリというんだ」
「俺らの仕事には派手すぎやしないか?」
「何言うんだい。甘ロリは女の子の夢の結晶さ」
彼女は俺の傍らの八ツ橋に目をやった。八ツ橋は俺と腕を組み焦点の合わない目で正面を見つめている。
「それはボクが引き取る手はずだったね」
彼女は八ツ橋の手を取りハマーの後部座席に乗せた。どぎついピンクのハマーだ。
 甘さは全てを覆い隠す。故に甘さの色は黒だ。ピンクなどではない。
 おやっさんの言葉が思い出された。けれどこいつはピンクを甘いという。
「そうそう、忠告するよ、キャンディ。君は与えられた任務に無関係のことを知ろうとしてはならない。ボスは先代と違って有能だ。あんまりお遊びが過ぎるとキャンディくんも粛清されるよ」
「おやっさんを悪く言うなよ。すでに監視対象ということか」
「ハハッ、何にせよボクはキャンディの味方だよ」白々しい嘘をつく。
 走り出したハマーの背面に俺は飛び乗った。走行する車両の上に立つのは容易でない。俺の靴の裏には高粘度のグミキャンディが隙間なく貼り付けてある。これがなければ俺は吹き飛ばされてしまうだろう。胸ポケットから棒付きキャンディを取り出す。これは工作用。棒の先端がドリルになっている。ハマーの天井に小さな穴が開いた。ジャケットの内ポケットにある発泡キャンディは爆薬。これを穴に詰めて俺は車両から飛び降りた。ぺろぺろキャンディ型のスイッチで起爆する。ハマーの天井が吹き飛んだ。電柱に衝突して止まった。
 マカロンはハンドルに突っ伏して気絶していた。悪いと思いながらもボディチェックする。ケツのポケットにダミーの携帯、下着の中に本部との連絡用の携帯があった。さすがプロだ。駄菓子屋で売っていそうな古めかしい飴玉を口に含んだ。変声機になっている。
「マカロンです。確かに八ツ橋を引き取りました。Bの3倉庫に向かいます」
それからアクセルの裏に貼り付けておいたグミキャンディを取り外す。まさかこちらからも盗聴されていたとは気づかなかったらしい。

 磯の香りがする。ペダルが重い。こういうことは学生のうちにしておくべきだったと後悔する。荷台の八ツ橋は俺の背中に体を預けてすやすや寝ている。それでも落ちないのだから元々の身体能力が高いのだろう。腹のあたりに回された腕がきつく俺を抱きしめている。
 なぜこんなことをしたのだろう?
 おやっさんならそうすると思ったからだ。仲間を裏切ってでも正しさが欲しかったからだ。
 海が見えた。いつもの汚い東京湾じゃない。太平洋だ。水平線が赤い。飛ぶ鳥の影が見える。
「なぁ、」
耳元でささやき声がしたのでバランスを崩しそうになる。
「あたし、あんたの考えてはることみんな分かるよ」
「いつから正気に戻っていた?」
「あんたがあのピンクのもこもこの車に乗り込んで来はった時から。あたし薬が効かない体やし。うれしい。あんたに救われた」
「身勝手な善意じゃなかったか?」
「身勝手やあらへん。あんたはえらい甘い人やな」
八ツ橋が俺の背中を小突いた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/05/15 むねすけ

読ませていただきました
テーマという風穴で、噴き出すエネルギーの詰まり具合が半端じゃなく
創作物として、一番大事な中にぶち込むパワーを感じました

ログイン