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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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陽だまりケーキ

17/05/07 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:6件 待井小雨 閲覧数:718

時空モノガタリからの選評

ケーキを通じ老人の寂しさと優しさが伝わり、ラストの展開には胸がジンとするものがありました。夫婦の愛情というものは惚れた腫れただけではなく、親子のような優しい形もあるのだということが素直に伝わりました。また夫の視点ではなく第三者の視点で語られるために、狭くて重苦しい世界観に陥りがちな夫婦のストーリーが広がりを持つものになっていたと思います。さらに「モンブラン」と「靴」に共通する「黄色」が視覚的に作品の印象を強めていたと思います。前半では妻の子供のような無邪気さを伝え、悲劇を予感させるラストの展開でも両方同じ「黄色」が印象的なだけに、その結末の落差が胸に迫ってきました。実際の認知症介護現場ではこうもいかないのでしょうけれど、介護の大変さが情報として溢れているだけに、かえってこうした純粋な愛情が新鮮に感じられたのかもしれません。
 
時空モノガタリK

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 洋菓子店の帰り道、私はひたすら息子をなだめていた。
「イチゴのケーキも好きでしょ?」
「やだ!」
 いつもなら売っているモンブランが今日は売切れていた。そんな時に限って息子が「黄色いケーキがいい」と駄々をこねたのだ。
 落ち着けるために立ち寄った公園には、私達の他にベンチに七十代ほどの男性が一人。うるさくてごめんさい、と心の中で侘びる。
「黄色いケーキはまた今度ね?」
「やだ!」
 地団太まで踏むのに溜息をつくと、ベンチにいた男性に「あの」と声をかけられた。
「すみません、うるさいですよね」
 条件反射のように謝罪すると、男性は柔和な表情でいえ、と首を振った。
「謝るのは私の方なんですよ」
「はい……?」
「モンブラン。あのケーキ屋さんで最後の二つを買ったのは私なんです」
 ごめんね、と柔らかく言われ、息子の怒りも勢いを削がれたようになる。
「黄色いケーキはこのじじいが買ってしまったんだ。今からでも受け取って許してもらえないかい?」
 そう言って洋菓子店の箱を差し出してきたので、慌ててそれを押しとどめた。
「いいえ! ただの我儘なので気になさらないで下さい」
 男性は無理に押し付けることもせずにいいんですよ、と笑った。
「ケーキ屋に黄色いモンブランを見つけると買ってしなうクセがありまして。だけど今日はもう妻には会えなさそうなので、二つもケーキを持っていても持て余してしまうんですよ」
「会えない……?」
「ええ。半年ほど前にどこかへいなくなってしまったのです」
 え――と戸惑う私に男性は優しく微笑む。息子が大人しくなって石を積んで遊び始めたので、私は男性の隣に座った。
「妻はしっかりとした女だったんですがね、認知症で子供のようになってしまったんです。最初は絶望していたのですが、世話を焼いている内に惚れた女に対する気持ちとはまた違う感じで愛しくなってきたんです。まるで小さな可愛いお嬢さんを見るようで」
 老人は洋菓子店の箱を撫でた。
「私が惚れた女も、可愛いお嬢さんになってからも、妻は一貫して甘い物が好物で。特にモンブランに目がない。黄色いケーキにぴったりの陽だまりみたいな笑顔で頬張るんですよ」
 一緒に家庭菜園を作ったり、口に付いた食べ物を拭ってあげたり、並んで食器を洗ったり……そんな毎日を、男性は嬉しそうに語ってくれた。
「はぐれることのないように、私と妻の腰を紐で繋いでいたんです。外でも家の中でも。ある日食事の支度をしていたら、トマトを取ってくると言うのでお願いしたんです。庭の場所はわかるかい、ドアを出て左だよ。赤い実だよ、と教えながら」
 うん、うん、と奥さんは頷いてドアを出たと言う。
「少しして紐を引いたのですが戻ってこない。トマトが上手く取れなかっただろうか、途方に暮れているのではないだろうか。そう思って妻を呼びながら紐を手繰っていったんです」
 そしたら、と顔を上げる。下がった目尻は優しく哀しい。
「手繰った紐の先に妻の姿はありませんでした。――紐は庭の木に引っ掛かっていたのです。それから毎日、近くを歩いて探しました。電車に乗ってしまう事もあると聞き、行ける限り遠出もして探し歩いているんです」
 男性がケーキの箱とは別の袋を持っている事に今さら気付く。
「靴……持ち歩いてらっしゃるんですね」
 脱げていたら可哀相ですから、と男性は袋を少し持ち上げる。
「一緒に過ごしている間でさえ小さなお嬢さんになってしまいましたからね。どこかで会えたとしても、私の事が分からずにおびえるかもしれない。だから私は行く先々でモンブランを買う事にしているんです。きっとこのケーキは好きなままに違いありませんから、一緒に食べれば安心してくれると思うんです」
「……尚更、受け取れません」
「いいえ、どうかもらってください。夜になるのでもう帰らなくてはなりませんが、今日もまた会えなかった。一人で二つ食べるのは、年寄りの胃にはだいぶきつい」
 坊や、と声をかけられ、落書きをしていた息子が振り返る。
「もらってくれるかな」
 うん! と息子が元気良く返事をして箱を受け取る。
 立ち去る男性の背を見送りながら、私は少し前に近くの川で見つかった物があるという話を思い出していた。
 それは黄色の靴で、おそらく高齢者が履いていたものだろうと言われていた。
 その話をどうしても、教えることができなかった。

「ケーキ食べよっ!」
 はしゃぐ息子に急かされて、冷蔵庫に入れておいたケーキの箱を開く。
 ――ああ、と嘆息し瞳を押さえる。
 ……あの黄色の靴が奥さんのものでなければいいと思う。どこかで出会えて一緒にモンブランを食べてほしい。
 探し歩いている間に傷まないようになのだろう。二つきりのモンブランを守るように、箱の中には保冷剤がたくさん、敷き詰められていた。


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このストーリーに関するコメント

17/05/13 クナリ

最後の保冷剤が切ないですね…!
ビジュアル的にインパクトのあるラストシーンで、作品の印象がさらに強くなってます!

人物描写が優れているので、「水難事故のことを、おじいさんは本当に知らないのだろうか…それとも、知らないふりを……?」と奥行きを考えさせられるストーリーでした。

17/05/14 待井小雨

クナリ 様
感想ありがとうございます!
スイーツがテーマの物語ですが、そのケーキをどれだけ大事に持ち運んでいたか、それによって男性がどのような気持ちでいたかなどを表現したいと思い、あのラストになりました。
奥行きのあるストーリーとの評価、誠にありがとうございます……!

17/05/28 光石七

拝読しました。
男性も主人公も優しいですね。
ラストの一文で、さらに温かく切ない気持ちにさせられました。
男性と奥さんが再会し一緒にモンブランを食べる日が来ることを願います。
素敵なお話をありがとうございます!

17/05/30 待井小雨

光石七 様

お読みいただきありがとうございます。
夫婦揃ってモンブランを食べることを願ってくださる光石さんのコメントにこそ、優しさを感じます……!

17/06/07 滝沢朱音

このたびは入賞おめでとうございます!
遅ればせながら読ませていただきました。あー、これはなるほど入賞するはずだ〜と納得。
モンブランと靴、黄色の対比が効いていて、最後の一文でほろり。すごい、さすがです。

17/06/09 待井小雨

滝沢朱音 様

お読みいただきありがとうございます。
そのような評価をいただけるなんてもったいないです……!
ストーリーだけでなく、視覚的に印象に残るものがほしいと考えての「黄色」の対比でした。
感想をいただき、真にありがとうございました!

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