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浅月庵さん

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たったひとことで失ったあなたとよろこび

17/05/03 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:6件 浅月庵 閲覧数:1106

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 ◇ 
 言葉は鋭利なのに剥き出しだ。唇から放たれた瞬間にはもう、あなたの胸に刃は突き立てられていて、引き抜くこともなかったことにするのも叶わない。

 ーーもう出会うことのないあなたへ。あなたの心にはまだ、わたしのひとことが刺さったままですか?
 
 ◇
 都心部には似つかわしくない、青草の匂いを想起する。それほどまでに爽やかな風が、わたしの髪の毛を散らした。

 わたしは今日、大学でできた友達に連れられ、オープンテラス席がメインのパンケーキ専門店に訪れていた。
「彩未はどれにする?」
 目の前に座る瑠美の瞳に、メニューのカラフルが映り込んでいる。
「わたし、コーヒーだけで大丈夫」
「もしかして甘いもの苦手だった?」
 わたしは選択を間違えないよう、足りない頭を絞った。
「んー、あんまお腹減ってないんだよね」
「ふ〜ん」ほんの刹那沈黙が流れ、瑠美が口を開いた。「まぁ、彩未に気にせず食べちゃうんだけどね!」
 瑠美がこういう子で良かった、という安堵の気持ちが血流のように全身へと広がった。

 しばらくして店員さんが注文の品を運んできた。
 花びらみたくお皿の縁を埋めるように並べられた、五枚ほどの小ぶりなパンケーキ。カットしたイチゴが宝石のように煌めいている。中央には新雪のごとく繊細に、ホイップクリームが山をなしていた。
 瑠美は携帯端末でお皿の上を写真に収めると、いただきますと甲高い声を発した。
 その後のリアクションは、誰もが思い描くものと大差ない。

 わたしはそんな瑠美の、幸福に満ち溢れた笑顔を眺めながら、あなたのことを思い出してしまう。
 わたしはブラックコーヒーで喉元を潤すと、瑠美とあなたの表情を重ねた。

 ◇
 あなたは小学生の頃から人一倍体格が良く、それ故に容姿についてからかわれることが多かった。
 だけどあなたは、馬鹿にされても笑われても、いつもにこにこして優しかったので、そんなところにわたしは好意を寄せていた。

 バレンタインデーの日。わたしがあなたにチョコを渡すと、あなたはドッヂボールでチームが勝ったときより、数倍の“喜”の感情を見せた。
 そしてあなたは、その場でチョコを全部食べてしまったのだ。

 そんなに甘いものが好きだなんて知らなかったので、それからわたしはお菓子作りに熱心になる。
 家が近所ということもあり、わたしは頻繁にお菓子を作ってはあなたの元へ届けた。

 ーー中学二年生になってもあなたとわたしの関係は友だちのまま続いていた。
 でも、あの日あなたが信号無視の車にはねられてから、すべてが変わってしまったのだ。

 幸い、命に別状はなかったのでわたしは心の底から安心したし、病院から退院した際には手作りのチョコレートケーキをプレゼントした。

 だけど事故の衝撃で、あなたは大事なものを一つ落としてしまったみたいだった。
「あれ、甘くない」
 チョコレートケーキを頬張った、あなたの感想だ。

 こんなことってあるだろうか。
 あなたは事故の衝撃で、あなたにとって一番大事な、甘さの味覚を欠落してしまったのだ。

 あなたは酷く落ち込んだし、わたしも同じ気持ちだ。
 味覚の一部を失ったショックと、そのせいで甘いものを口にしなくなり、あなたはみるみる内に痩せていった。
 何だか体重が減るたびに、あなたのかつて優しかった部分が、どんどん削ぎ落とされていくように感じた。

 だからわたしはひとこと、心にもない冗談を言ってしまったのだ。
「でもさ、これでダイエットになるなら、結果オーライじゃない?」
 若さ故の、相手の気持ちを汲みとりきれていないひとこと。わたしはあなたを慰めようと、場を和ませようと言ったつもりだったのに、あなたは今までわたしに見せたことのない形相を浮かべた。
「やっぱり彩未も俺のこと、デブだと思ってたんだね」

 ◇
 あの日からわたしは一度もお菓子を作っていないし、甘いもの自体一切拒絶し続けている。

 そして、わたしは逃げるように都心の高校、大学へ通うことを決めたのだ。

 ーー何故、言葉には紐がついていないのだろうか。失敗したと思ったら、すぐに手繰り寄せてなかったことにしたい。
 ーー何故、言葉は目に見えないのだろうか。間違っていると思ったら、言葉に消しゴムを滑らせて消してしまいたい。
 わたしは口をついた瞬間に離れていってしまう言葉たちに敏感で、怯え続けている。
 
「ほら、美味しいから一口食べてみなよ」
 瑠美がパンケーキを一切れフォークに刺し、わたしの顔の前へと差し出した。

 わたしは瑠美を見て、改めて思う。甘いものというのは、無条件に人の心を穏やかな気持ちにさせるのだな、と。その笑顔を見て、改めて思う。

 だけどわたしは、頑なに首を横に振り続けることしかできない。


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このストーリーに関するコメント

17/05/04 まー

甘味を感じるって生きていく上で必要はないことなのかもしれないけど、無かったら間違いなく人生色褪せてしまいますからね。
主人公の傷が癒えて、いつか甘い物を楽しめるようになってほしいものです。

17/05/05 浅月庵

まー様

甘いものを食べてる人の顔って、
すごい幸せそうなんですよね。
甘党の人が味覚を奪われたら、なおさら地獄かと思います......。

ご感想ありがとうございました!

17/05/26 滝沢朱音

甘いものを甘いものとして無条件に食べられるのは、幸せなことなのですね…!
かつて甘いもの好きだった男の子が見せた激しい怒りは、
もしかしたら事故由来のもの(怒りっぽくなる)だったのかもしれない。
だけど彩未は、刃を今度は自分に向け、甘いものを拒絶し続けている。
あまりにも厳しすぎる戒めだけど、その後悔と懺悔の思いにとても共感しました。
スイーツというテーマをきちんと生かしきった作品だなと思いました。

17/05/27 浅月庵

滝沢朱音様

ご感想ありがとうございます!
甘いものを食べた時、無意識に溢れる
幸せそうな笑顔を想像しながら書いてみました。

自分に課した贖罪、あまりにも大きく、
しかも誰に許しを請うものでもないというのが、
一番辛い状況なのかなと思います。
テーマを生かしていると言っていただけて、
ホッと一安心とともに、とても嬉しいです!!

17/05/28 光石七

拝読しました。
私も言葉は怖いと思う時がありますが、常に怯えている主人公の姿に胸が痛みました。
甘さの味覚を失った男の子も、彼を傷つけたトラウマから甘いものを拒絶している主人公も、どちらも悲しいです。
スイーツは人を幸せな気持ちにしてくれるもののはずなのに……
彼らを救うのは一体何でしょうか。
ズシリを心に迫るお話でした。

17/05/29 浅月庵

光石七様

言葉って、怖いですよね。言った後の相手の反応を見て、
あーそういう意味じゃなかったのに!って後悔すること、多々あります。
二人を繋ぐはずのスイーツが、反対に仲を引き裂くことになってしまうのは
書いていて皮肉な結果になってしまったなと感じました。

心に迫ると言って頂けて、とても嬉しいです。
ご感想ありがとうございます!

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