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比些志さん

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ユーレイになった教授と大福に関わる人生の定理

17/05/03 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:0件 比些志 閲覧数:461

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教授は、甘いものに目がない。毎日、三時になると、自分の机の上でオヤツを食べるのを日課にしている。和菓子を食べることが多いが、洋菓子やアイスクリームやチョコレートも大好きだ。生徒たちからは、スイーツ教授と呼ばれている。

教授には女性の助手が一人いる。教授の片腕ともいうべき優秀な助手である。助手も三時になると研究室で教授といっしょにお茶を飲みながら時間を過ごす。しかしスイーツには手を出さない。なんどか教授からおすそ分けをすすめられたが、その都度言下にことわった。助手は辛党なのだ。

教授は、人にたずねられると決まってこう答えた。
「人はなぜスイーツを求めるのか、それを知りたくて、毎日食べているのです」

ある日、教授はぽっくり死んだ。大好きな塩屋の大福を目の前にして、一口も食べることなく、机の上でうつ伏せになって死んでいた。死の間際の光景が大好きな大福であったことは、この上もなく幸せであるようにも思われるが、おそらくさぞや無念でもあっただろう。

葬儀の次の日、助手は、教授の机の片付けをするために一人で研究室を訪れた。手には教授の好きな大福の入った袋を提げている。助手は、片付けを終えると、教授のためにお茶を入れた。けれども、たまっていた疲れのせいか、いつのまにか脇机でうつ伏せになって眠ってしまった。目覚めたのは、夕方だった。ーー教授が自分の椅子に腰掛けて、鼻眼鏡越しに助手の顔を覗き込んでいる。

「いやあ、こんなにあっけなく死んでしまうとはまったく予想外でしたよ」
そう言って、教授は他人事のように大声で笑った。
「なにしてんねん」
助手は吐き捨てるようにそう言った。
「いやあ、ユーレイになっちゃったんですよ」
「そんなんわかってるちゅーねん。なんで化けて戻ってきたのかを聞いてんねん」
「いやあ、いやあ、あいかわらず手厳しい……あなたに言い忘れたことがありましてね」
「………」
「ぼくのかわりにスイーツと人生との定理をときあかしてほしいのですよ」
「あほか。ーースイーツを毎日食えゆうんか」
「そうです」
「あんたがやったらええやんか」
「それは無理です。ぼくはユーレイですから」
「なんでーーわたし、なん?」
助手の声は湿っぽく震えていた。
「それがあなたの人生に必要だからーーその理由はあなたが一番一番わかっているはずです」
ーー助手は子供の頃、母親が作るアップルパイが大好きだった。運動会、終業式、誕生日などの節目節目でかならずアップルパイが出てきた。アップルパイにはこの世で一番好きな人の愛情とご褒美がたっぷり染み込んでいた。しかし、母親は、ある日を境にアップルパイを作らなくなった。助手が中学生のころ、友達の家で食べたアップルパイが、信じられないほどおいしかったのだ。母親のアップルパイは、たぶん嫁入り前に、料理本か料理教室で見知ったレシピを自分勝手にアレンジしたもので、本人はほんもののアップルパイなど食べたことがなかった。そのことを助手は、家に戻ってから露骨に悪意を込めて母親に言った。母親の愛情が重かったのかもしれない。

「知るか!」
そう言って、助手は口の中に大福を丸ごと無理やり押し込んだ。
教授は、悲鳴にも似た声を発し、泣きそうな顔で粉まみれの助手の顔を覗き込んだ。助手は涙目で咳き込みながら、冷え切ったお茶を一気に飲み干した。顔を上げると、教授は鼻眼鏡のうらやましそうな表情のまま、夕陽のぬくもりに溶けるように消えてしまった。

青くたなびく恩師の影を見送りながら、助手は、
「教授…ほんまや、うまかったわーー」と語りかけるそばから「な、わけないやろ……」 と自嘲した。了


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