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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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あの男が大福を喉に詰まらせて死んだ後の話

17/05/02 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:2件 秋 ひのこ 閲覧数:446

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 丸々太った大福が、むにむにと互いを押し合うようにして六個詰まっている。
「じゃあお父さん、いただきまーす」
 線香の香りが漂う狭い仏間で、フミと母は手を合わせた。丸い卓袱台には、遺影。人の良さそうな男が微笑んでいる。
「おいしい。やっぱり大福は『よつば』に限るね」
 亡くなった義父の大好物を、こうして年忌の度に母娘で食べている。今年で三回目。
「お父さん見て。じゃーん、『よつば』の新作。桜大福」
 この春から中三になるが、フミはうっすらピンクに色づいた大福を指でつまみ、子供っぽく写真に近づけてみせた。母がふふと目を細める。



「フミ、ほんとえらいよね。毎年毎年大福食べて。嫌いなのにさ、甘いものも義理のお父さんも」
 昼休み。母手製の弁当をつつきながら、フミはユリに昨日の出来事を話していた。
「あたしだったら絶対無理。そこまでつき合いきれない。せいぜい線香あげて拝んで、以上かな」
「お母さんがねー、弱いから。やりたいようにさせてあげないと後が大変」
 ユリは何でも話せる一番の親友で、最初の(実の)父が行方知れずなことも、小三で新しい父ができたことも、その父が小六で死んだことも、母が長年『こころの病』を抱えていることも、すべて知る事情通だ。
 フミは小さな容器を押し出した。
「ま、そーゆーわけなんで、今年も協力よろしく」
「了解。あたしはまさに棚ボタだからいーけど。大福好きだし」
 苦笑し、ユリは丸い大福が四角く納まったところへ無理やり指をねじ込む。
「でも、普通は大福なんて見たくもないはずだよね、多分。だっておじさん……」
「ねー、だからお母さんやっぱ壊れてんの」
 フミの義父は大福を喉に詰まらせて死んだ。
 そんなこと老人か子供だけかと思っていたが、喉にものが詰まれば年齢に関係なく人は、死ぬ。
 口の周りに粉をつけて大福にかぶりつくユリを見ながら、フミはユリにも話していない三年前のあの日のことを思い返す。


 ――三年前、小学六年の早春。
 朝から調子が悪く、昼前に早退した。帰宅すると、誰もいないはずの玄関に義父の靴が転がっていた。フミは顔をしかめる。平日の昼間に、何故。
 忍び足で階段を上る。両親の寝室からテレビの音のようなくぐもった声が聞こえてくる。
 ノックなしで、構わず一気に開けた。
 それを目にした途端、フミの想像と理解が破裂した。
 ベッドの上でTシャツにパンツ一丁の義父が、飛び起きて四つん這いでこちらを振り返っている。その口が奇妙に、食べ物を頬袋に詰め込んだリスのように膨れていた。枕元にはノートパソコン。画面一杯に再生されているのは、女の人が全裸で……今の義父と似たような体勢で何か叫んでいる。パソコンの脇に、『よつば』の包み紙と大福がひとつ残ったパック。
 これ以上ないくらい目を見開いた義父が何か言おうとし、口から粉がぷはっと舞った。次いで口内のものが喉に押し込まれ、頬の膨らみが凹む。しかし義父は今度は喉を拳で叩き始め、もんどりうってぼえぼえ気持ち悪い声をあげている。涙を浮かべ血走った目がフミを睨みつける。
 一歩下がり、フミは心の底から嫌悪を顕に口の端を引いた。
「ちゃんとオトナの女の人『にも』興味あるんだ、『お父さん』」
 義父の顔がひくついて青くなっていく。純粋に驚いた。人間の皮膚がこんな、カメレオンか何かみたいに変わるなんて。
 吐き気がして、フミは寝室の扉を静かに閉めた。むぉ、という声がドアの隙間から漏れた。

 義父の変わり果てた姿と、再生終了した動画が張りついたままのパソコンは、パートから戻った母が発見した。
 フミは「ドア越しにただいまを言い、義父が中から出てこないのでそのまま自室で寝ていた」と説明し、「まさかそんなことが起きていたなんて。あたしが気づかなかったせいで」と泣きじゃくった。面白いほど誰もフミを責めなかった。
 「偶然」事故死してくれたおかげで、フミの日常に平和が戻った。もう誰も砂糖でベタベタの手でフミに触れない。
 母の中では「甘いものに目がない可愛い夫(の思い出)」と「夫の死(と死因)」は別物となり、あの日義父が観ていた動画も、母の中で「なかったこと」として処理されてしまった。母の壊れた心は、時に実に都合が良い。 



「フミ、見てほら『よつば』のカステラ。お父さんの誕生日だから」
 三回忌からひと月後、母はまたしても義父の好物を買ってきた。
 カステラ。表面のベタベタとあの食感が嫌いなんだよね。一瞥し、不満は胸に留めて「ヤッター」とはしゃいでみせる。
 自分の娘が甘いものが苦手なことなど完全に忘れ、娘に手を出す亡き夫を盲目的に愛するおめでたい母。
 それでもフミには母しかいないし、母が喜ぶためなら、フミは何でもする。
 甘いお菓子を喉に押し込むことくらい、朝飯前だ。


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このストーリーに関するコメント

17/05/02 まー

なんというか、義父の死因はもはや自業自得としかいいようがないですね。食うか観るかどっちかに……(そういう問題じゃない)
母親を思ってのこととはいえフミは偉いです。自分だったらまず線香すらあげないだろうなと思いました(笑)。

17/05/03 秋 ひのこ

まー様、こんにちは。

>食うか観るかどっちかに……

すみません、吹き出してしまいました(笑)。
ほんとに仰る通り!
今回もまた暗い話、黒い登場人物になっているなあ、と思いながら書いていたのですが、まー様のコメントを読んで義父の人物像に一気に厚みが出てしまいました(間抜けキャラという……/笑)。
コメントありがとうございました。
何回読み直してもにやにや笑ってしまいます。

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